ラースロー4世(読み)ラースローよんせい(その他表記)László IV, Kun

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ラースロー4世」の意味・わかりやすい解説

ラースロー4世
ラースローよんせい
László IV, Kun

[生]1262
[没]1290.7.10. ケレシュセグ
アールパード朝ハンガリー王国の王 (在位 1272~90) 。母方からクマン人 (→クマノイ族 ) の血をひき,「クマン人」 Kunとあだ名された。ボヘミア王オタカル2世進出ハプスブルク家ルドルフ1世と協力して打破 (78) 。しかし国内の大貴族の支持が得られず,またキリスト教徒の正妻を虐待し,異教徒のクマン人の妾姫を寵愛したため,教皇庁疑惑を買った。 1288年反ラースロー4世の十字軍が宣せられ,内乱が勃発。健闘したが輩下のクマン人に暗殺された。

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