ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「レオ12世」の意味・わかりやすい解説
レオ12世
レオじゅうにせい
Leo XII
[没]1829.2.10. ローマ
スポレト近郊出身の第252代教皇(在位 1823~29)。本名 Annibale Sermattei della Genga。1793年,ルツェルンへの教皇大使を務めて以来,外交の職位を歴任。1816年,教皇ピウス7世(在位 1800~23)からセニガリアの司教枢機卿(→カーディナル)に任命され,1820年にローマの司教総代理となった。1823年9月,ピウス7世の融和政策と枢機卿コンサルビの自由主義に反対する有力な保守派「熱心派」により教皇に選出された。在位中,教皇領内では権威主義と貴族階級の特権が復活し,中産階級の反感が強まった。歳出を抑制し,減税も実施したが,経済の不安定は続いた。教義面では自由主義的な考えを排し,宗教裁判の効率化に力を入れた。外交では,自由主義やガリア主義の新たな台頭を考慮し,政策を穏健化した。コンサルビの穏健路線に沿って各国との間で教皇庁に有利な合意を結んだ。1825年,信仰無差別論を批判するとともに,フリーメーソンを秘密の儀式が異教的であると非難した。1827年には再編されたスペイン教区を正式に承認した。また,ヨベルの年を祝う習慣を復活させた。
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