アニ(英語表記)Ani

デジタル大辞泉の解説

トルコ北東部の遺跡ジョージアアルメニアとの国境近くに位置する。10世紀に、カルスに代わってバグラト朝アルメニア王国の首都となり発展。アルメニア正教会主教座が置かれ、聖グレゴリウス教会や大聖堂など、多数の教会が建設された。11世紀にセルジュークトルコの支配下となり、教会の一部がイスラム寺院に転用された。13世紀のモンゴル来襲、14世紀の大地震により徐々に衰退し、現在は廃墟になっている。

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世界大百科事典 第2版の解説

トルコ東部にある遺跡で,かつてのアルメニア王国の首都。アルメニア共和国との国境をなすアラス川支流のアルパ川右岸に位置する。町の歴史はバグラト朝繁栄と共にあり,その建設は9世紀初めにさかのぼる。10世紀中ごろ王国の首都となり,二重の城壁が構築された。11世紀初頭にかけて町は盛期を迎えるが,1044年にビザンティン帝国のものとなり,64年に大セルジューク朝の統治者アルプ・アルスラーンが町を占領。その後はグルジア王国からの侵入(1124)などがあり,1239年にはモンゴル人の手に落ち,1318年の大地震で町の多くが崩壊,その後衰退した。

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世界大百科事典内のアニの言及

【アルメニア美術】より

…こういう民族的なキリスト教美術は,4世紀初キリスト教がアルメニアの国教として認められて(アルメニア教会),公的な聖堂建築が始まった当時から,すでにその独自な性格を発揮していたのであろうか。最古の遺例は6世紀にさかのぼるにすぎないが,アニ近郊のエレルクEreruk,テコルTekor(現,ディゴルDigor)の聖堂はバシリカ形式でシリアの聖堂建築によく似ており,かつイランの宮殿形式を反映する隔壁があるが,全体として5,6世紀のアルメニアは,シリアおよびヘレニズム要素を取り入れて構築法を研修した準備時代であったと考えられる。6世紀後半から7世紀末までがアルメニア建築の〈第1の隆盛期〉であって,バシリカ形式の存続するかたわら多数の集中式建築の聖堂が建てられ,円形,三葉形,四葉形など,プランも構造も種類に富み,そのなかから正方形と十字形を組み合わせたものがアルメニア聖堂建築の古典形式として将来の発展を保証される。…

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