デジタル大辞泉 「カルス」の意味・読み・例文・類語
カルス(callus)
2 植物の
3 植物の組織の細胞を数個取り出し、培養したときにできる不定形の細胞の塊。どの組織からでも得られ、植物ホルモンを与えると芽や根を再分化させることができる。
翻訳|callus
植物体に傷がついたとき,その傷の周囲に二次的につくられる分裂組織が形成する組織。ハーバーラントG.Haberlandtが命名(1902)。癒傷組織ともいう。最近ではこの定義を拡大して,植物体の一部を植物ホルモン(オーキシンやサイトカイニンなど)を含む培地上で培養したとき生じる人工的な細胞塊もカルスという。すでに分化していた細胞が,外的条件によって脱分化する例の典型で,カルスは活発な増殖を行ったのち,やがて再分化することが多い。
植物体は正常に発生する場合,頂端分裂組織によって一次組織が,形成層やコルク形成層によって二次組織がつくられると,それらの組織は分裂能を失って永存組織となる。しかし,分裂能を失うのは定常状態においてであって,組織をつくる細胞が外傷によって裸出すると分裂能を回復する。植物体のどの部分でもカルスを誘起することは可能で,新しく生長した組織を切りとって植え継ぐと,カルスの状態のものを無限に培養することもできる。一般に,植物の細胞はどんな組織でもつくり出す能力を潜在的にもっている(全能性)ので,カルスを特定の条件下で培養して,不定芽を分化させたり,組織の分化をおこさせることもできる。そのため,組織の分化などの研究材料として利用されることも多い。
カルスを最初に研究したハーバーラントは,傷をうけたことによって傷ホルモンtraumatinができ,これに誘起されて細胞分裂がおこる結果カルスが形成されると説明した。カルスの誘導については,オーキシン類やサイトカイニンのような植物ホルモンが何らかの関与をしており,特に前者が必須であることが知られている。しかし,誘導機構についてはまだよくわかっていない。生体内にオーキシン受容体となる高分子が存在し,それに対応する官能基をもったオーキシン類が結合するとカルスを誘導するのではないかという推定もある。
誘導されたカルスには通常の二倍体と異なる倍数体や異数体が観察されることが多い。特に,最初の数回の分裂によってつくられる細胞には極端な染色体数の異常が観察される。このことも,カルス誘導現象が代謝レベルの変動によるのでなく,DNAの複製や酵素の誘導などの異常によるものであることを示唆している。また,培養細胞の染色体数は,カルスの継代培養を重ねると倍数化が進むという報告もある。長期間培養された細胞群が次第に形態形成能力を失う傾向があることは経験的に知られているが,このことも染色体数の変化と関係があるかもしれない。
カルスから条件によって苗条あるいは根などの器官が個別に形成される点は植物の特徴で,動物細胞の培養の場合と異なっている。たとえば,タバコの髄細胞から得たカルスを濃度の異なったカイネチンを含む培地上で培養すると,濃度によって,根だけ,あるいは苗条だけを再分化させることができる。スチュワードF.C.Stewardは,1958年ニンジンの形成層から得たカルスを用いて,1個の培養細胞から完全な個体を再生させることに成功し,植物細胞の全能性totipotencyを立証した。この実験では,細胞が分裂をくり返してできる細胞集塊から,まず根が形成され,それを異なった培養条件下におくと苗条の形成がみられ,苗条と根の間に維管束のつながりが生じた。1個の体細胞から個体が再生されるまでの中間の細胞集塊は不定胚embryoidと呼ばれる。不定胚形成についてはニンジン以外でも数種の植物について観察されているが,形成の条件や機構についてはまだよくわかっていない。
執筆者:岩槻 邦男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
かつては、傷ついた植物体の傷口にできる癒傷組織(ゆしょうそしき)のことをいったが、現在では切り取った植物体の一部を、適切な寒天栄養培地上で培養するとき、細胞分裂によって増殖する無定形の細胞の塊のことをいう。カルスが生じることを脱分化といい、植物体のどの組織からもカルスは得られる。継代培養をすれば、カルスは無限に増やすことができる。カルスからは、オーキシンやサイトカイニンなどの植物ホルモンの働きで芽や根を再分化させることができる。
[勝見允行]
…IAAのほかに,ジベレリンやサイトカイニンも単為結実誘起作用を有する。植物の茎や葉の切片を高濃度のIAAや後出の合成オーキシンを含む培地で培養すると,切片から無定形で無方向に増殖する細胞群(カルス)が発生する。この現象を脱分化とよぶ。…
…これは細胞が無方向に分裂を行って生じたもので,切り出した切片と異なり,組織化されていない細胞の集まりである。これはカルスcallusとよばれ,この現象を脱分化とよぶ。このカルスを継続的かつ継代的に増殖させるためには,培地に栄養素,オーキシンのほかに,ココナッツミルク,ニシンの精子,酵母の加水分解物などを添加することが必要である。…
… これに対して植物では,分化した植物細胞を適当な培地に移して培養すると脱分化が起こり,細胞分裂を繰り返して無定形の組織塊を生ずる。これをカルスと呼ぶが,カルスの細胞は動物培養細胞と違って,培地に加える植物ホルモンの種類と濃度によって,根あるいは苗条を再分化させることができる。そしてそれから完全な植物体の形成が可能である。…
…これを高等植物に応用したものが組織培養である。高等植物を器官を形成しない状態の植物細胞の塊(カルスという)にしておき,肥料にあたる栄養物質を与えて培養し,このカルスに薬となる物質を直接つくらせようという試みがすすめられている。しかし,カルスは容易には有効物質(元の植物には含有されていた)をつくってくれないばかりか,ときには元の植物にはなかったものを勝手につくり出すことがある。…
※「カルス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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