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アラウィー朝 アラウィーちょう‘Alawī

世界大百科事典 第2版の解説

アラウィーちょう【アラウィー朝 ‘Alawī】

モロッコの現王朝。1631年以降。フィラーリーFilālī(ターフィーラールトTāfīlālt出身者の意)朝,フィラール朝ともよぶ。王家の先祖は13世紀末,アラビア半島からモロッコ南部のターフィーラールト地方に来住したアラブ系の一族で,預言者ムハンマドの孫ハサンの血を引くシャリーフ(〈高貴な血筋の人〉の意)を主張する。聖者崇拝思想の発展とポルトガルやスペインに対する排外的なジハード(聖戦)意識の高揚を土台に,ムハンマド・アッシャリーフをスルタンとしてターフィーラールトに建国(1631),40年には,アラウィー家のムハンマド・ブン・ムハンマドは,周辺地域を含む王とみとめられた。

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世界大百科事典内のアラウィー朝の言及

【マグリブ】より

…すなわち,アルジェリアは1671年からデイと呼ばれる軍人の太守が統治,チュニジアは,ムラード朝(1613‐1705)とフサイン朝(1705‐1958)の成立,リビアは,トルコ系軍人と現地人との間の子を意味するクルグリKulghli人によるカラマンリーQaramanlī朝(1711‐1835)の成立を見た。一方,モロッコはシャリーフによるサードSa‘d朝(1549‐1659),アラウィー朝(フィラール朝。1631‐)の建国によってスペインやポルトガルの侵攻を撃退して独立を保った。…

※「アラウィー朝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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