ウィリアムズバーグ(英語表記)Williamsburg

翻訳|Williamsburg

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「ウィリアムズバーグ」の解説

ウィリアムズバーグ
Williamsburg

アメリカ合衆国バージニア南東部にある歴史的都市。ジェームズ,ヨーク両川にはさまれた地帯にあり,リッチモンドの東南東約 70kmに位置する。 1698年まではミドルプランテーションと呼ばれた。 18世紀には人口 2000人足らずの小都市であったが,イギリス植民地の政治,文化の中心地として,また独立運動の舞台として,他のいかなる都市よりも重要であった。 1699年から 1780年まで州都であったが,その後州庁はリッチモンドに移された。 1926年 J.D.ロックフェラー援助により,植民地時代の町の復元をはかり,町全体が歴史博物館の観を呈している。同国でハーバード大学に次いで古いウィリアム・アンド・メアリー・カレッジ (1693創立) があり,T.ジェファーソン,J.モンローなどの大統領の出身校。人口1万 1530 (1990) 。

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デジタル大辞泉「ウィリアムズバーグ」の解説

ウィリアムズバーグ(Williamsburg)

米国バージニア州南東部の都市。リッチモンドの南東約70キロメートルに位置する。英国が北アメリカに建設した最古の開拓地の一つで、植民地時代には州都がおかれた。当時の街並みや暮らしを再現した国立歴史公園、コロニアルウィリアムズバーグがある。ジェームズタウンヨークタウンと合せて「歴史の三角形」とよばれる。
米国ニューヨーク市ブルックリン北部の地区。イーストリバー沿いに位置する。かつての工場地帯で、東欧系の住民が多い。現在は芸術家たちが集まる地区となった。毎年4月から11月の土曜日に開催される食のイベントが有名。

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日本大百科全書(ニッポニカ)「ウィリアムズバーグ」の解説

ウィリアムズバーグ
うぃりあむずばーぐ
Williamsburg

アメリカ合衆国、バージニア州南東部の観光都市。人口1万1998(2000)。ジェームズ川とヨーク川に挟まれた半島上に位置する。18世紀には同州の政治、文化の中心地であった。1926年からイギリス植民地時代の景観が復原され、コロニアル国立歴史公園の一部となっている。1983年主要先進国首脳会議(サミット)開催地。

[菅野峰明]

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世界大百科事典 第2版「ウィリアムズバーグ」の解説

ウィリアムズバーグ【Williamsburg】

アメリカ合衆国,バージニア州南東部の観光都市。人口1万2000(1990)。ジェームズ川とヨーク川に挟まれた半島上に位置する。1699年から1780年までバージニアの主都として政治・文化の中心地であった。1926年以降,ロックフェラー財団の援助によって,700の建物をよそに移転し,新しく413の建物を植民地時代のままに再建し,植民地時代の景観を復元した。コロニアル国立歴史公園の一部となっている。83年,第9回先進国首脳会議(サミット)が開かれた。

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