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ウーハン(武漢)特別市 ウーハンWuhan

翻訳|Wuhan

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ウーハン(武漢)〔特別市〕
ウーハン
Wuhan

中国華中地方,フーペイ (湖北) 省の省都。チヤンハン (江漢) 平原の東部,チャン (長) 江とハン (漢) 水の合流点にある。9市区とウーチャン (武昌) 県など4県から成る。チャン江右岸のウーチャン,左岸でハン水北岸のハンコウ (漢口) ,南岸のハンヤン (漢陽) の3都市が 1950年合併して成立した。交通の大動脈であるチャン江の中流にあって,外洋船の航行上限にあたり,中型船で西北地方,西南地方,華南の各地に通じる。また南北交通の幹線であるチンコワン (京広) 鉄道も通っており,中国中部の一大交通中心地である。ウーチャンとハンヤンはおもに政治,軍事の要地,ハンコウは河港として発達してきた。現代史でも重要な役割を果しており,11年湖北新軍の武昌蜂起は辛亥革命の口火となった。ハンコウは第1次国内革命戦争で武漢政府の所在地となり,日中戦争でも一時国民党政府がおかれた。工業は清代末にハンヤンに製鉄所が建設され,軽工業も興ったが,日中戦争で荒廃した。人民共和国成立後,ウーチャンに鉄鋼コンビナートをはじめとする大工場が建設され,ハンヤンも機械,綿紡織などの工業地域となっている。ハンコウはおもに商業地区。ウーチャンとハンヤンとの間に鉄道と自動車道の2層から成るチャン江大橋がかけられ,ハン水にもチヤンハン大橋が2本かけられて,3地区は一体化している。チャン江をはさんでクイ (亀) 山,ショー (蛇) 山の丘陵があり,東郊のトン (東) 湖とともに行楽地となっている。毛沢東が指導にあたった農民運動講習所跡,23年京漢鉄道労働者のストライキに加えられた弾圧にちなむ二七記念館など多数の革命史跡がある。人口 690万 2860,うち市区人口 404万 250 (1990) 。

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