オジュク(英語表記)Ojukwu, Odumegwu

  • 1933―2011
  • Chukwuemeka Odumegwu Ojukwu

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

[生]1933.11.4. ナイジェリア,ズンゲル
[没]2011.11.26. イギリス,ロンドン
ナイジェリアの軍人,政治家。フルネーム Ikemba Chukwuemeka Odumegwu Ojukwu。ビアフラ共和国の指導者だった。イボ族の裕福な実業家の息子として生まれた。イギリスのオックスフォード大学を卒業したのち母国に戻り,官吏を経て陸軍に入隊した。1966年1月のイボ族によるクーデターで成立した軍事政権の軍政長官として東部州に派遣されたが,8月にハウサ族らによるクーデターで北部州出身のヤコブ・ゴウォン中佐が新軍事政権を樹立し,その後北部州でイボ族の大量虐殺事件が起こった。これを契機に 1967年5月,東部州をビアフラ共和国としてナイジェリアから分離独立すると宣言し,国家元首に就任した。ただちに連邦政府軍が東部州に侵攻して内戦が勃発,1970年1月に連邦政府軍に敗れ,コートジボアールに亡命した(→ビアフラ戦争)。1982年に恩赦により帰国。1993年,1994~95年の 2度,憲法会議の委員を務めた。(→ナイジェリア

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ナイジェリアの軍人、政治家。富裕な実業家・政治家ルイス・オドゥメグ・オジュクSir Louis Odumegwu Ojukwu(1909―1966)を父として、1933年ズンゲル(ナイジェリア北部)に生まれる。イボ人。キングズ・カレッジ(ラゴス)で教育を受け、オックスフォード大学で歴史学を専攻。1955年に帰国後、2年間東部州で行政官を務め、1957年に陸軍に入隊。イギリスで士官養成コースを受け、コンゴ動乱にあたって国連平和維持軍として派遣され、1963年1月陸軍中佐に進級。1966年1月のクーデター後、イロンシJohnson Thomas Umunnakwe Aguiyi-Ironsi(1924―1966)によって東部州軍政長官に任命された。1967年5月に、ゴウォンの12州制案に反対し、東部州の分離独立を宣言し、「ビアフラ共和国」の大統領となった。1967年7月からビアフラ軍と連邦政府とは内戦状態になり(ビアフラ戦争)、多大の犠牲者を生み出した。1970年1月ビアフラ軍の降服によって内戦は終結し、オジュクはコートジボワールに亡命した。1982年5月シャガリ政権の特赦によって帰国し、ナイジェリア国民党(NPN)に参加し、1983年アナンブラ州上院議員選挙に出馬したが敗北。1994年には民政移行のための新憲法制定会議議員に任命された。2003年と2007年の大統領選に立候補したがともに敗れた。[中村弘光]

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