オランダ通詞(読み)オランダつうじ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

オランダ通詞
オランダつうじ

江戸時代,オランダとの貿易事務において通訳と税関吏とを兼ねた役人。初め平戸におかれ,寛永 17 (1640) 年以後長崎に移った。明暦2 (56) 年,大通詞,小通詞の階級を,元禄9 (96) 年にはオランダ通詞目付をおくなど階級,組織が整備され,1人の目付の下に大通詞,小通詞,小通詞助,小通詞並,小通詞末席,稽古通詞,内通詞などがそれぞれ若干名ずつおかれ,その数は幕末には約 140人に達した。通詞は世襲で,西,志筑,吉雄,本木,楢林などの諸家は有名 (→志筑忠雄 , 本木良永 , 森山多吉郎 ) 。最初は通訳だけに限られ,洋書を読むことは禁じられていたが,享保年間 (1716~36) 頃から緩和され,オランダ商館の医師について西洋の諸科学の知識を得,洋学輸入の先駆となったものも多い。オランダ人は通詞のことを tolkといい,通詞仲間のことを tolkencollegieと称した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

オランダ通詞
おらんだつうじ

江戸時代、オランダとの交渉にあたった通訳。近世初期にはポルトガル語が広く用いられ、通詞のオランダ語の能力は不十分だったが、鎖国以後しだいに学力が向上し、のちには蘭学(らんがく)の研究に従事する者もあった。通詞は名村、楢林、吉雄(よしお)など三十数家で世襲とされ、稽古(けいこ)通詞、小通詞、大通詞の順に昇進したが、のちには細分化して13段階となり、幕末には通詞の総数は約140人となった。通詞会所は出島(でじま)内にあり、当番1~2名が昼夜詰め、また江戸番通詞は商館長の参府に同行した。通詞の役料はそれほど多くなかったが、輸入品の仲介により、多額の収入を得ていた。[永積洋子]
『片桐一男・服部匡延校訂『年番阿蘭陀通詞史料』(1977・近藤出版社)』

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世界大百科事典内のオランダ通詞の言及

【通事∥通詞】より

…江戸時代の長崎の地役人で通訳官。一般に通事は中国語の唐通事を,通詞はオランダ通詞を指した。ともに通訳業務のほか,諸法令の伝達執行,貿易品の評価や日本側役人として取引折衝にあたり,貿易改革などについての意見上申,外国人や出入商人の管理統制にもあたる商務官でもあった。…

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