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カスティーリャ王国(読み)かすてぃーりゃおうこく(英語表記)Reino de Castilla

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

カスティーリャ王国
かすてぃーりゃおうこく
Reino de Castilla

中世のイベリア半島に成立したキリスト教国の一つ。南のアル・アンダルス(イスラム教スペイン)と北のキリスト教スペインの抗争の過程で、9世紀にエブロ川上流の山岳部にレオン王国の東部辺境として発祥、10世紀中ごろにはフェルナン・ゴンサレスの下でその原型を整えた。
 1035年、フェルナンド1世の即位によって独立王国となったカスティーリャは、宗主国レオンを破ってこれを併合、レコンキスタ(国土回復戦争)推進の主役となって13世紀前半に領土を拡大して半島の中央部を南北に広がるイベリア最大の王国になった。
 15世紀後半、フェルナンド(2世)とイサベル(1世)(後のカトリック両王)の結婚によって東部のアラゴンと連合したカスティーリャは、グラナダ王国の征服とインディアス(新世界)の発見・征服によって、近代スペイン形成のこれまた主役を演じた。以来、スペインといえばカスティーリャをさすゆえんである。事実、いわゆる「黄金の世紀」Siglo de Oroにあって政治、軍事、経済、文化などでスペインの優位を支えたのはカスティーリャだった。だが同時にこれに伴う負担は重く、17世紀後半以降は衰退が著しく、人口も減った。18世紀のブルボン朝下の諸改革の結果、中世以来の王国としての性格を失い、首都はマドリードにとどまったものの、それまでの主役の座を降りた。[小林一宏]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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