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キプロス独立問題 キプロスどくりつもんだい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

キプロス独立問題
キプロスどくりつもんだい

1878年イギリストルコから租借し,第1次世界大戦中の 1914年に併合,25年直轄植民地としたキプロス島の独立問題。キプロス島は人口のうち約 80%がギリシア系,約 20%がトルコ系で,ギリシア系島民はエノシス Enosisすなわちギリシアへの帰属を願っていた。この帰属運動は 31年 10月のキプロス総督官邸焼打ち事件にまで発展し,同島を重要な軍事拠点とするイギリス政府は弾圧政策をとったため,島民のギリシア復帰運動はますます高まった。第2次世界大戦後,イギリスの C.アトリー労働党内閣は 46年 10月内政自治および開発計画などを公約したが,中東における民族運動の高まりは同島にも波及。イギリスは 54年 11月,中東軍司令部スエズからキプロスに移転,内政自治は認めたものの,同時にトルコ系島民を扇動して反エノシス運動を展開させるという分断政策に出たため,マカリオス3世 (大主教) を中心とするギリシア系島民の反英暴動に発展,ギリシアもこの運動を支持して国際問題となった。この動きにイギリスも抗しきれず,59年にロンドン協定チューリヒ協定を結び,イギリスはキプロスの独立を認めるが基地を持続する,ギリシアはキプロス併合を断念する,トルコはキプロスの分割を断念することが取決められた。またギリシア,トルコ,キプロス3国間の同盟条約ではギリシア軍 (950名) ,トルコ軍 (650名) の駐留が認められ,これによって 60年8月 16日キプロスの独立がようやく実現した。

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