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ギザン Guisan, Henri

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ギザン
Guisan, Henri

[生]1874.10.21. メジエール
[没]1960.4.8. ローザンヌ
スイスの軍事指導者で国民的英雄。スイス国内および国外の大学で学び,農業の学位を取得。1904年,30歳でスイス軍の大尉となった。1921年に大佐に昇進し,1926年に第1師団司令官,1932年に第2軍団司令官,1933年には第1軍団司令官となった。第2次世界大戦勃発直前の 1939年8月,スイス国軍最高司令官に選任。1940年7月25日,将校たちを前にリュトリの丘(1291年に永久同盟が結ばれた,スイス発祥の地とされる史跡)で行なった劇的かつ感動的な演説で全国民の信任をかちとった。ドイツをはじめとする周囲の枢軸諸国からの侵略を予想し,国境地帯をあきらめて山間部の要塞を死守する防衛計画(レドゥイ計画,砦作戦)を立案,実行。枢軸諸国はスイスへの攻撃を断念した。1945年に現役を引退し,翌 1946年スウェーデン王立軍事科学アカデミーの会員となった。

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世界大百科事典内のギザンの言及

【レ・タイントン】より

…中国的集権体制を完成させた。1459年宮廷内部に紛争が起こり,ランソン王のギザンNghi Dan(誼民)が3代ニャントン(仁宗)を殺して帝位を奪ったが,60年諸大臣のクーデタによりギザンは廃され,皇弟のタイントンが即位した。66年タイントンは明の制度を積極的に導入し,中央には六部六寺制,地方には承宣・府・州・県・社制を設けて皇帝の支配を強化した。…

※「ギザン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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