コプリフシティツァ(その他表記)Koprivshtitsa

デジタル大辞泉 「コプリフシティツァ」の意味・読み・例文・類語

コプリフシティツァ(Koprivshtitsa/Копривщица)

ブルガリア中央部の町。19世紀に豪商や富豪たちが建てた民族復興様式の邸宅が多く、美術館都市と呼ばれる。また、1876年にオスマン帝国からの独立を目指した四月蜂起の地として知られる。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「コプリフシティツァ」の意味・わかりやすい解説

コプリフシティツァ
Koprivshtitsa

ブルガリア西部,ソフィア州の町。ソフィアの東方約 100km,スレドナゴラ山脈中に位置する。産物は木材,木製品,絨毯など。 14世紀以来の集落であるが,反オスマン帝国解放運動の口火となった 1876年4月 20日の「4月蜂起」の舞台として有名。カラベロフ,ベンコフスキ,ゲロフ,カブレシコフ,デベリャノフら多くの進歩的な学者や文人を生んだ。 19世紀中葉のいわゆる「復興期」様式の民家が多数保存公開され,1952年以来史跡景観保存都市に指定されている。毎年8月上旬民謡フェスティバルが開催され,全国から民謡愛好者が集る。人口 3536 (1980) 。

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