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サルピ Sarpi, Paolo

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

サルピ
Sarpi, Paolo

[生]1552.8.14. ベネチア
[没]1623.6.16.
イタリアのカトリック神学者,歴史家,政治家。別名 Fra Paolo。ベネチア共和国公選神学顧問として,教皇のベネチア干渉およびイエズス会に強く反対したため,1607年破門されたことで有名。幼少から才能を発揮し,1565年あるいは翌年「聖母マリアの下僕会」に入り,85~88年その総代理となる。その間科学,哲学の研究に励んだが,プロテスタントに好意的であったところから,教皇庁の嫌疑を受けた。主著『トリエント公会議史』 Istoria del concilio tridentino (1619) は,トリエント公会議後の教皇政治に対する批判を展開し,史書としての正確さに欠けるが,叙述は生彩に富み,各国語に訳されて広く読まれた。

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世界大百科事典 第2版の解説

サルピ【Paolo Sarpi】

1552‐1623
イタリア,ベネチアの修道士,学者。小商人の息子として生まれ,セルビテ修道会に入り,マントバの哲学教授を経て,27歳でベネチアのセルビテ会の管区長となった。ベネチア貴族の若い指導者と親交があり,学問は自然科学全般にも及んだ。ベネチアは伝統的に反教会の立場をとり,聖職者に課税し共和国の法律に従わせ,教会や修道院の建設には国家の許可を義務づけ,ローマ教会による土地の取得をみとめなかった。1606年,パウルス5世が教会の建築物に対する制限の廃止と,逮捕された2名の聖職者の引渡しを要求したのをきっかけに紛争が起こったとき,サルピは教会法の顧問として,教会による破門と宗務執行停止に抗して,共和国の外交に有効な助言を与え,多数のパンフレットで全欧に活発な宣伝をおこない,フランスの仲介により教会の譴責中止を引き出すことに成功した。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

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