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シプカ峠 シプカとうげShipchenski Prokhod

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シプカ峠
シプカとうげ
Shipchenski Prokhod

ブルガリアのバルカン山脈中部のシプカ=トリャブナ山系を越えるガブロボ-カザンラク間の道路の最高点。標高 1200m。古来戦略上の要地であったが,1878年8~9月,露土戦争中最大の激戦地となり,ロシア=ブルガリア連合軍とオスマン帝国軍が攻防を繰返し,結局オスマン帝国側の敗北に終った。オスマン帝国側の戦死者約1万 2000名,ロシア軍戦死者 3640名,ブルガリア義勇軍戦死者は 535名。峠付近の山頂にロシア=ブルガリア側戦没者追悼の大記念碑があり,南麓のシプカ村には同じ趣旨で建設された美しいシプカ修道院聖堂がある。

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デジタル大辞泉の解説

シプカ‐とうげ〔‐たうげ〕【シプカ峠】

Shipchenski prohodШипченски проход》ブルガリア中部、バルカン山脈の村シプカにある峠。ガブロボカザンラクを南北に結ぶ。1877年から1878年にかけてロシアトルコ戦争の激戦地となった。峠の最高地点には高さ32メートルの石造の記念碑「自由の碑」があり、内部は兵士の遺品などを展示する博物館になっている。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

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