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シベリア流刑 シベリアるけいSsylka v Sibir’

世界大百科事典 第2版の解説

シベリアるけい【シベリア流刑 Ssylka v Sibir’】

ロシアにおける政治的流刑制度。すでにモスクワ大公イワン3世の時代(1462‐1505)から存在したが,16~17世紀にはヨーロッパ・ロシアへの流刑が多く,シベリア流刑はごくまれであった。18世紀になるとシベリアの資源の開発と結びついて,植民や強制労働を目的とするシベリア流刑が多くなった。1760年の法律により地主貴族は自分の農奴を裁判にかけることなくシベリアに強制移住させることが認められたが,さらに65年の法は彼らに農奴をシベリア徒刑にする権利を与えた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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