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ジダーノフ批判 ジダーノフひはん

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世界大百科事典 第2版の解説

ジダーノフひはん【ジダーノフ批判】

第2次世界大戦後のソ連邦で,ジダーノフらを中心とする党中央が芸術や文化の諸分野に対して行ったイデオロギーの統制,強化の動きを指す。大戦後文化面におけるスターリン主義の再開となった。ジダーノフは,1946年8月レニングラードの詩人アフマートワ,小説家のゾーシチェンコ,および彼らの作品を公表した文芸誌《レニングラード》と《ズベズダ》を攻撃し,彼らを作家同盟から追放した。47年にはG.F.アレクサンドロフの《西欧哲学史》が〈客観主義〉に陥っていると批判し,これをきっかけに,哲学・歴史学界でも同様の攻撃が行われた。

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世界大百科事典内のジダーノフ批判の言及

【アフマートワ】より

…革命後も故国にとどまるが,20年代後期から公的沈黙を強いられ,30年代中期に綴った連作詩《レクイエム》はスターリン批判後海外で初めて公刊された。第2次大戦中に短期間の復権,しかし戦後のジダーノフ批判(1946)で〈人民に無縁なデカダン詩人〉の烙印を押され,再び沈黙を余儀なくされる。二十数年の歳月をそそいだ長編叙事詩《ヒーローのないポエマ》(1940‐62)をはじめ,詩集《時の疾駆》(1965)等はスターリン批判後に発表され,またイギリスのオックスフォード大学文学博士号,イタリアのタオルミナ賞などを晩年に授与された。…

【ソビエト連邦】より

…米ソは協力して国際連合を創設したが,やがて激しく対立するにいたり,〈冷戦〉が始まった。国内的には,戦争中自主性を高めた民衆・知識人を再統合し,体制のゆるみを引き締めるため,ジダーノフ批判と呼ばれる,とくに厳しい知識人統制が加えられた。東ヨーロッパではソ連の意に従わないユーゴスラビアをコミンフォルムから除名した。…

※「ジダーノフ批判」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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