ロシア(ソ連)の作家。学校教師の息子として、ウクライナ南部の州都オデッサ(現、オデーサ)に生まれる。中学校時代から詩を書く。1915年、第一次世界大戦では義勇兵として戦い、ロシア革命後の1919年にはソ連赤軍に動員される。その後オデッサに戻って通信社で働くかたわら、さまざまな文学サークルに参加、バグリツキー、オレーシャなどの作家と親交を深める。1922年にはモスクワに移り、新聞や雑誌に時事戯評やユーモア短編を発表するようになった。初期の作品としては、E・T・A・ホフマン風の幻想的実験短編「サー・ヘンリーと悪魔」(1920)、世界革命を扱ったパロディー的冒険小説『エレンドルフ島』(1924)などのほか、ドキュメンタリー的な小説『内戦の覚書』(1922)もある。作家としてのカターエフの文名を高めた初期の代表作として知られるのは、『公金横領者』(1926)。これは1920年代の「ネップ」(新経済政策)時代の風俗を描いた奇想天外な風刺小説である。また、当時の住宅難と学生結婚を扱った喜劇『円積問題』(1928)もモスクワ芸術座で初演され、大成功をおさめた。
1920年代のカターエフは、このようにグロテスク、風刺、ユーモア、幻想、パロディーなどの実験的な手法を駆使する作家として活躍した。しかし、1930年代に入ると作風を一転する。マグニトゴルスクの冶金(やきん)コンビナートを舞台とした長編『時よ、進め!』(1932)は、第一次五か年計画による社会主義建設をたたえ、社会主義リアリズムの代表的な作品となった。中編『孤帆は白む』(1936)は、少年を主人公とし、1905年の第一次ロシア革命の時代を描いた多分に自伝的な小説。これは続編が書き継がれ、最終的には四部作『黒海の波』(1936~1961)の第1部となった(第2部『草原の家』1956、第3部『冬の晩』1960、第4部『カタコンベ』1961)。第二次世界大戦を扱った中編『連隊の息子』(1945)は、発表の翌年にスターリン賞を受賞した。
1960年にはふたたび作風を変え、現実と幻想を混交させ、時間の流れを故意に乱し、意識の流れや回想を断片的に書きつなぐといった、当時のソ連としてはきわめて実験的な手法によって作品を書くようになった。そのような系列のなかば自伝的な作品に、『聖なる井戸』(1966)、『忘れ草』(1967)、『わがダイヤモンドの冠』(1978)などがある。
カターエフはソ連文壇のなかでも長く大きな影響力をもつ地位にあった。1934年にはロシア共和国作家同盟理事となり、文芸誌『新世界(ノーブイ・ミール)』の編集委員も務めた(1946~1954)。さらに文芸誌『青春(ユーノスチ)』を創設して初代編集長となり(1955~1962)、その後ソ連文壇の中心で活躍する多くの若手作家を育てた功績も大きい。
[沼野充義]
『江川卓訳『現代ソヴェト文学18人集3 聖なる井戸』(1967・新潮社)』▽『西尾章二・太田多耕訳『草原の家』(1972・新日本出版社)』▽『山村房次訳『黒海の波』上下(1980・新日本出版社)』▽『ワレンチン・カターエフ原作、荒尾美知子文、メグ・ホソキ絵『七色の花』(1990・講談社)』▽『ヴァレンチン・ペトローヴィチ・カターエフ著、宮川やすえ訳『ジェーナとふしぎなひげじいさん』(1996・旺文社)』▽『西郷竹彦ほか訳『少年少女世界文学全集第33 ロシア編4』(1961・講談社)』▽『伊藤整ほか編、米川正夫ほか訳『世界文学全集第28 20世紀の文学』(1965・集英社)』
ソ連の小説家。十月革命(ロシア革命)後の内戦に参加し、モスクワ大学経済学部に学んでから文筆活動を開始。「峠(ペレワール)」グループの指導者の一人で、『詩人』(1928)、『心』(1928)、『乳』(1930)などの中編でソビエト建設期の現実を描出した。『乳』は、富農を同情を込めて描いたとして激論の的となった。血の粛清の犠牲となり、1956年名誉回復。
[水野忠夫]
オデッサ生れのソ連邦の作家。ソ連の1920年代の風俗を描いた風刺小説《公金横領者》(1926)が,初期の代表作である。30年代にはいると社会主義建設をたたえて《時よ,進め!》(1932)を書くが,さらに作風を転じて《孤帆は白む》(1936)に始まる青少年向きの四部作《黒海の波》(1936-61)と取り組んだ。晩年にもなお,断片を重ね合わせる前衛的な手法によって《聖なる井戸》(1966),《忘れ草》(1967),《わがダイヤモンドの冠》(1978)などの意欲的な作品を発表した。文芸誌《青春》の初代編集長(1955-62)として若手作家を育てた業績も大きい。
執筆者:沼野 充義
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