スティムソン

百科事典マイペディアの解説

スティムソン

米国の政治家。陸軍長官,フィリピン総督を経て国務長官(在位1929年−1933年)となり,日本の満州侵略(満州事変)に反対し,1932年に不戦条約違反条項の不承認政策(スティムソン・ドクトリン)を主唱。第2次大戦中は陸軍長官を務めた。戦争末期対日原爆投下決定にあたって重要な役割を果たした。

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世界大百科事典 第2版の解説

スティムソン【Henry Lewis Stimson】

1867‐1950
アメリカ合衆国の政治家,外交家弁護士出身。1910年ニューヨーク州知事選挙に共和党候補として立候補し落選したが,翌年タフト大統領によって陸軍長官に任命され政界入りする。弁護士に一時復帰後,27年ニカラグア問題の調停役を務め,28‐29年にはフィリピン総督となった。続いて29年フーバー政権の国務長官に就任し,30年のロンドン海軍軍縮会議にアメリカ代表として参加。また満州事変にあたっては,侵略による征服の不承認を内容とする〈スティムソン・ドクトリン〉を提唱した(1932)。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

スティムソン
すてぃむそん
Henry Lewis Stimson
(1867―1950)

アメリカの政治家。9月21日ニューヨーク市生まれ。エール、ハーバード両大学出身。弁護士、連邦検事を経て、タフト政権の陸軍長官(1911~13)、フィリピン総督(1927~29)、フーバー政権の国務長官(1929~33)、F・D・ルーズベルトとトルーマン政権の陸軍長官(1940~45)を歴任。この間に1932年スティムソン主義を発表、太平洋戦争勃発(ぼっぱつ)前も対日強硬策を主張し、また原爆開発計画(マンハッタン計画)を統轄した。50年10月20日没。[新川健三郎]

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