コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

タルファヤ タルファヤ Tarfaya

3件 の用語解説(タルファヤの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

タルファヤ
タルファヤ
Tarfaya

モロッコ南西端の町。大西洋にのぞむユビー岬の南に位置する。 1916年にスペインに占領され,40年代までスペイン領サハラの首都となった。 58年にモロッコに返還。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

タルファヤ(Tarfaya)

モロッコ南西部、大西洋に面する港町。旧スペイン領タルファヤの中心地。1958年にモロッコに返還。沖合約100キロメートルカナリア諸島がある。フランスの作家サン=テグジュペリが飛行場長として派遣された。1975年、西サハラの領有を主張して行われた35万人もの非武装市民による「緑の行進」の拠点となった。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

タルファヤ
たるふぁや
Tarfaya

北アフリカ、モロッコ南西端にある港町。周辺地域を含めた人口約1万6000。旧スペイン領タルファヤの首都で、独立後の1958年モロッコに復帰した。サハラ遊牧民が集まるアンティ・アトラス山脈南西麓(ろく)オアシスの農畜産物の集散地である。西サハラに隣接し、75年11月、モロッコの「サハラ越境35万人大行進」の基地となった。[藤井宏志]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のタルファヤの言及

【西サハラ】より

…北方の域内大国モロッコの侵攻をたびたび受けたが,その支配は継続せず,中央集権的国家こそできなかったが,地域としてのまとまりをもっていた。 19世紀後半からスペインは西サハラへの本格的進出を開始し,リオ・デ・オロへの通商基地建設(1884),フランスとの妥協による勢力圏の確定(1912)という段階を経て,1934年から内陸も占領し,サギア・アルハムラとリオ・デ・オロはイフニ,タルファヤTarfayaとともにスペイン領西アフリカとして同じ植民地行政区域に編入された。モロッコの独立(1956)後,スペインはタルファヤをモロッコに返還し,イフニを切り離して(1969年に返還),西サハラにおける植民地支配の継続をはかる一方で,経済開発を進めた。…

※「タルファヤ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

タルファヤの関連キーワードイフニサフィシディイフニモロッコナミベモロッコ革アガディールナドールヘラクレスの洞窟ンブール

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone