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タルファヤ Tarfaya

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

タルファヤ
Tarfaya

モロッコ南西端の町。大西洋にのぞむユビー岬の南に位置する。 1916年にスペインに占領され,40年代までスペイン領サハラの首都となった。 58年にモロッコに返還。

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デジタル大辞泉の解説

タルファヤ(Tarfaya)

モロッコ南西部、大西洋に面する港町。旧スペイン領タルファヤの中心地。1958年にモロッコに返還。沖合約100キロメートルにカナリア諸島がある。フランスの作家サン=テグジュペリが飛行場長として派遣された。1975年、西サハラの領有を主張して行われた35万人もの非武装市民による「緑の行進」の拠点となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

タルファヤ
たるふぁや
Tarfaya

北アフリカ、モロッコ南西端にある港町。周辺地域を含めた人口約1万6000。旧スペイン領タルファヤの首都で、独立後の1958年モロッコに復帰した。サハラの遊牧民が集まるアンティ・アトラス山脈南西麓(ろく)オアシスの農畜産物の集散地である。西サハラに隣接し、75年11月、モロッコの「サハラ越境35万人大行進」の基地となった。[藤井宏志]

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世界大百科事典内のタルファヤの言及

【西サハラ】より

…北方の域内大国モロッコの侵攻をたびたび受けたが,その支配は継続せず,中央集権的国家こそできなかったが,地域としてのまとまりをもっていた。 19世紀後半からスペインは西サハラへの本格的進出を開始し,リオ・デ・オロへの通商基地建設(1884),フランスとの妥協による勢力圏の確定(1912)という段階を経て,1934年から内陸も占領し,サギア・アルハムラとリオ・デ・オロはイフニ,タルファヤTarfayaとともにスペイン領西アフリカとして同じ植民地行政区域に編入された。モロッコの独立(1956)後,スペインはタルファヤをモロッコに返還し,イフニを切り離して(1969年に返還),西サハラにおける植民地支配の継続をはかる一方で,経済開発を進めた。…

※「タルファヤ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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