トレバー ホーン

  • Trevor Horn

20世紀西洋人名事典の解説


歌手,プロデューサー
1979年に結成された音楽グループ「バグルズ」のヴォーカルとして活躍。デビュー・シングルである「ラジオ・スターの悲劇」がヒットする。’80年キーボード奏者のジェフリー・ダウンズと「イエス」に加入し、’81年にグループが活動停止するまで一員として活動。その後はマルコムマクラレン、フランキーゴーズ・トゥ・ハリウッドなどのプロデューサーを務める。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

現代外国人名録2016の解説

職業・肩書
ミュージシャン,音楽プロデューサー

国籍
英国

生年月日
1949年7月15日

出生地
ハートフォードシャー州

グループ名
旧グループ名=バグルス〈Buggles〉, イエス〈Yes〉

勲章褒章
CBE勲章〔2011年〕

経歴
父がベーシストだった影響で、幼い頃から音楽に親しむ。1977年ジェフリー・ダウンズとバグルスを結成、デビュー曲であるシングル「ラジオ・スターの悲劇」(’79年)は、シンセサイザーを多用して1980年代のテクノポップ・サウンドを先取りすると共に、MTVによる初のミュージック・ビデオとして放送され、世界中で大ヒットした。’80年「危機」などで知られるプログレッシブロック・バンドのイエスにバグルスごと吸収される形で参加し、同バンドから脱退したジョン・アンダーソンの後任としてボーカリストを務め、アルバム「ドラマ」を発表。しかし、間もなくバンドを離れ、’81年再びバグルスとしてアルバム「モダン・レコーディングの冒険」を制作した。バグルス解散後は音楽プロデューサーに転身、’83年古巣であるイエスのアルバム「ロンリー・ハート」をプロデュースし、同作からのシングルカット「ロンリー・ハート」が全米1位を獲得するなど大きな成功を収め、プロデューサーとしての地位を不動のものとした。同年レーベル“ZTT”を設立し、アート・オブ・ノイズ、プロパガンダ、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドなどを送り出し、サンプリングの技術を世に広め、ヒップホップ、テクノの元祖ともいわれる。その後も、マルコム・マクラレーン、トム・ジョーンズ、フェイス・ヒル、シャルロット・チャーチ、シール、t.A.T.u.などのプロデュースを手がけた。2004年自身の音楽生活25周年記念のコンサートを開催し、ジェフリーとともに「ラジオ・スターの悲劇」を演奏。2010年バグルスを再結成。2011年大英帝国CBE勲章を授与された。

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報

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