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ビザンチオン Byzantion; Byzantium

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ビザンチオン
Byzantion; Byzantium

トルコ共和国最大の都市イスタンブールの古名。ラテン名ビザンチウム。アジア大陸とヨーロッパ大陸を分つボスポラス海峡に面した要衝の地を占め,前2千年紀の終りには現在の金角湾の入江に定住が始ったとされるが,ビザンチオン市自体の建設は,前7世紀のなかば,メガラ出身のギリシア人ビュザスに率いられた船隊が上陸し,市を建設したのが最初とされる。アケメネス朝ペルシアの王ダレイオス1世のスキタイ遠征以来,イオニアの反乱の時期を除き,前 478年までペルシアの支配下にあったが,マケドニア王の小アジア進出 (前 340) ,あるいはガリア (ガラテア) 人の侵入 (前 279) のいずれにも抵抗し,市として自立を維持することができた。ローマがマケドニアを破って小アジアに進出してきたとき,これに対抗するアンチオコス3世らのセレウコス朝シリアの諸王により,その前哨拠点として争奪の場とされたが,やがてローマに征服され,ウェスパシアヌス帝 (在位 69~79) のときにはローマの属州として編入された。セプチミウス・セウェルス帝 (在位 193~211) は大規模な建築に着手し整備した。さらにディオクレチアヌス帝 (在位 284~305) のときに,市の城壁は拡大,強化され,名実ともにローマの東洋における中心となり,324年にいたって,帝国における覇権を確立したコンスタンチヌス1世 (大帝) が首都と定め,330年コンスタンチノポリス (コンスタンチノープル ) として正式に発足した。

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