オーストリアのジャーナリスト、平和運動家。ウィーンに生まれる。15歳まで学校へ行ったが、その後は書籍販売業を経て、1887年ベルリンで出版業を始めた。ズットナーの影響を受け、1891年ズットナーがオーストリア平和協会を設立すると、翌1892年フリートはドイツ平和協会を設立した。また1891年にはズットナーを編集長にすえ、彼女の反戦小説と同名の雑誌『武器を捨てよ』Die Waffen niederを創刊した。同誌は1899年に『平和の番人』Die Friedenswarteと改題、フリートは死ぬまで、この雑誌の編集、発行を続けた。1911年、長年にわたって文芸的平和運動を精力的に展開してきた功績によって、ノーベル平和賞をオランダのアセルとともに受賞した。1914年第一次世界大戦が勃発(ぼっぱつ)したとき、彼はウィーンにいたが、政府の検閲や偏狭な世論にあい、スイスに移動、なおも活発に平和運動を展開した。戦後、そのときの体験をつづった『戦中日記』Mein Kriegstagebuchを出版している。
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