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フルベ

百科事典マイペディアの解説

フルベ

アフリカ大陸の大西洋沿岸から,サハラ砂漠南縁のサヘル地域を経てチャド湖,ナイル川へと至る広大な帯状の地域に居住する人びと。フルベとは彼らの自称であり,フラニ,プール,フルとも他称されている。ニグロイドとは身体的形質が異なるが,起源は不明。19世紀にはジハード(聖戦)を行い,イスラム教を西アフリカに浸透させた。半農半牧を営み,〈プラーク〉と称する独自の行動規範を持つ。言語はフルフルデ語
→関連項目カノグリオハウサハウサ諸国

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

フルベ
ふるべ
Fulbe

サハラ砂漠の南、セネガルから中央アフリカに至る広大なサバンナに点在する牧畜農耕民。人口約700万。ネグロイドに分類されるが、容貌(ようぼう)はコーカソイドに近く、体色も薄い。その言語フルフルデは、コンゴ・コルドファン(ニジェール・コンゴ)語族大西洋岸諸語に属する。フラ、プロ、フェラタなど、地域によって異なる名称でよばれるが、フルベが自称であり、一般にはフラニの名で知られている。本来は遊牧民であり、セネガンビアからゆっくりと東進して、今日のような分布を示すに至ったとみられる。遊牧は今日でも理想の生き方とされ、ナイジェリアとニジェールの国境周辺に住むボロロ・フルベは、いまでも遊牧生活を営む。フルベは11世紀ころからイスラム教を受け入れ、18世紀から19世紀にかけては、各地で「ジハード」(聖戦)をおこした。そのなかでも、18世紀の末に北部ナイジェリアで生じたジハードは、宗教的指導者ウスマン・ダン・フォディオ(1754―1817)に率いられ、ハウサの王国群からニジェール川南岸、カメルーン北部まで広がる地域をまたたくまに征服して、ソコトに首都を置くイスラム帝国を築いた。[渡部重行]
『江口一久著『フルベ族とわたし』(1975・日本放送出版協会)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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