ブライアン デ・パルマ

現代外国人名録2016の解説

ブライアン デ・パルマ
Brian De Palma

職業・肩書
映画監督

国籍
米国

生年月日
1940年9月11日

出生地
ニュージャージー州ニューアーク

学歴
コロンビア大学卒,サラ・ローレンス大学大学院(映画)修士課程

受賞
ローゼンタール賞〔1963年〕「ウォートンの目覚め」,ベルリン国際映画祭銀熊賞(第19回)〔1969年〕「ブルーマンハッタン2・黄昏のニューヨーク」,アヴォリアッツ国際ファンタスティック映画祭グランプリ〔1975年〕「ファントム・オブ・パラダイス」,ベネチア国際映画祭銀獅子賞(監督賞,第64回)〔2007年〕「リダクテッド」

経歴
5歳の時フィラデルフィアへ移る。コロンビア大学で16ミリ映画を撮り始め、1963年「ウォートンの目覚め」でローゼンタール賞を受賞。奨学金でサラ・ローレンス大学の修士課程に進み、映画を専攻した。’68年の「ブルーマンハッタン2・黄昏のニューヨーク」でベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞。監督として順調な道を歩み、アヴォリアッツ国際ファンタスティック映画祭グランプリに輝いた「ファントム・オブ・パラダイス」(’74年)や「キャリー」(’76年)など恐怖・サスペンス映画に独特の境地を開く。以後、人気監督としてハリウッドの大作を手掛ける。他の作品に「悪魔のシスター」(’73年)、「愛のメモリー」(’76年)、「殺しのドレス」(’80年)、「ミッドナイトクロス」(’81年)、「スカーフェイス」(’83年)、「ボディ・ダブル」(’84年)、「アンタッチャブル」(’87年)、「カジュアリティーズ」(’89年)、「虚栄のかがり火」(’90年)、「レイジング・ケイン」(’92年)、「カリートの道」(’93年)、「ミッション・インポッシブル」(’96年)、「スネーク・アイズ」(’98年)、「ミッション・トゥ・マーズ」(2000年)、「ファム・ファタール」(2002年)、「ブラック・ダリア」(2006年)、「リダクテッド 真実の価値」(2007年)、「パッション」(2012年)など。

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報

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