改訂新版 世界大百科事典 「ベアトゥス本」の意味・わかりやすい解説
ベアトゥス本 (ベアトゥスぼん)
スペイン北部,アストゥリアス地方リエバナLiébanaの修道院長ベアトゥスBeatus(ベアトBeato。?-798)が,786年ころに著した《黙示録注釈書》およびその転写本の通称。同書はモサラベ典礼の中で重要な位置を占めていた。ベアトゥス自身による原本は失われたが,写本に施された10世紀以降の挿画はモサラベ写本画の貴重な遺例である。それらは竜や悪魔,火災等に苦しむ人間を色鮮やかに表現して,天の軍勢や天上のエルサレムと強い対照をなす。これはイスラム支配下のキリスト教徒の苦しみと最後の審判を求める気持とを反映している。926年にサン・ミゲル・デ・エスカラダ修道院のためにマギウスMagiusがグアッシュで描いた写本(P. モーガン図書館,ニューヨーク)を筆頭にサン・スベールSaint Sever本(ビブリオテーク・ナシヨナル,パリ)等二十数点が現存する。そこには,西ゴート文字,ビザンティン美術の様式,イスラム風の馬蹄形アーチ,ペルシア風服装,中国風の脚の細い馬,北方的な組紐文等,さまざまな伝統の融合を示す。そこに見られる強烈な色彩,図式化された人物表現,また図像および装飾文はロマネスク美術に影響を与えた。
執筆者:五十嵐 ミドリ
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報