ロマネスク美術(読み)ろまねすくびじゅつ(英語表記)Romanesque art 英語

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ロマネスク美術」の意味・わかりやすい解説

ロマネスク美術
ろまねすくびじゅつ
Romanesque art 英語
art roman フランス語
romanische Kunst ドイツ語
arte romanica イタリア語

ヨーロッパ中世の、美術様式の一つ。「ロマネスク」という用語は、19世紀初めにフランスの考古学者ド・ジェルビルやド・コーモンが、5世紀から12世紀に至るヨーロッパ建築に内在するラテン的要素に対して用いた呼称「ロマン」に由来する。元来は、古代ローマ建築が北方蛮族のために堕落変質したものという軽蔑(けいべつ)の意味が含まれていたが、のちしだいに時代的にも規定され、今日では、950年ごろから1200年ごろまでの、ゴシックに先行するヨーロッパ中世美術の様式名として定着している。

 この時代の美術家たちはカロリング朝以来の造形上の伝統に、古代ローマ、ビザンティン、ゲルマン、ケルトなどに由来する多様なモチーフを融合させていった。しかし、ヨーロッパ全域にわたって、山間僻地(へきち)にまで浸透したロマネスク美術には、地域によってさまざまな表現上のニュアンスの差違がみられるのは当然である。

[濱谷勝也]

建築

建築におけるロマネスク様式を形成する基本的要素は、バシリカ式プランと半円形アーチである。古代ローマ建築に多く用いられた石造穹窿(きゅうりゅう)(曲面天井)の技術は、キリスト教時代に入った当初、しばらく衰退しており、聖堂には木組の天井が架せられるのが通例であった。しかし、石造技術の復興発展に伴い、半円形アーチを用いた円筒穹窿や、円筒を交差させた交差穹窿が開発されていった。同時に入口、窓、柱間の梁(はり)などの構造やデザインに半円形アーチが用いられ、ロマネスク建築はいわば半円形の集合体となっている。石造穹窿はまず側廊部に架せられ、身廊部に及んでいく。その際、身廊部は穹窿の重量による横圧の処理法が容易に解明されなかったのに対し、側廊部の横圧は壁体を厚く堅固なものとし、さらに外壁面に沿って控壁(バットレス)を付設することによって比較的容易に解決された。この場合、内壁に広い空間を生じ、種々の装飾の場が提供されるが、窓の面積が制限されて、堂内の外光による照明が著しく弱まった。その後トリフォリウム(側廊上部に開かれたアーケード)が設置され、身廊穹窿の重量を分散して壁体に負わされる横圧を軽減するとともに、身廊上部に明層(あかりそう)を設けて堂内への採光を可能にした。また放射状祭室群と周歩廊が整備され、空間構成が統一されただけでなく、巡礼聖堂としての機能を充実させた。トゥールーズのサン・セルナン聖堂やスペイン北西部のサンティアゴ・デ・コンポステラ大聖堂にその好事例がみられる。またノルマンの侵入したノルマンディーイングランドでは、西正面に双塔を据え、これは後のゴシック式聖堂の正面形式となる。

 ライン川流域に造営されたシュパイエルウォルムスの大聖堂に代表されるドイツのロマネスク聖堂では、トリフォリウムが形成されず、小円柱が添付された大角柱が身廊の明層まで伸び、上昇感を強調する垂直性への最初の志向を示している。またカロリング朝時代の典型的な聖堂様式である二重内陣形式が採用され、皇帝の聖堂建築にふさわしい、力強い空間構成を具備している。

 イタリアでは、ローマの初期キリスト教時代におけるバシリカ様式、北部イタリアに早くから現れたロンバルド様式、それにアルプス以北のロマネスク様式が複雑に混交した多様な建築様式が生み出される。ただし二重内陣式や放射状祭室群などの複雑なプランや、上昇感を強調する壁面構成は取り入れられず、空間構成は単純である。ミラノのサンタンブロッジョ聖堂では、バシリカ様式の伝統的な前庭部(アトリウム)を備えていながら、交差穹窿にはリブ(肋骨(ろっこつ)状アーチ)のもっとも早い使用例がみられる。フィレンツェのサン・ミニアート・アル・モンテ聖堂にみられる木組の天井もバシリカ様式の遺風を伝えているが、正面は古代ローマ由来のモチーフである円柱やアーチで装われている。そして、イタリアで最大の規模を誇るピサ大聖堂では、身廊と翼廊の交差部とそこに載せられた丸屋根(クーポラ)はすでにゴシック様式を示しており、また正面や鐘塔を装う半円形アーチ列は、とくに「ピサ式ロマネスク」の名称をもつ。

[濱谷勝也]

彫刻

ロマネスク建築の発展は、それに付随するモニュメンタルな彫刻の開花を促すことになった。大部分は浮彫りであるが、その表現形式は、柱頭や入口上部のテンパナム(半月形壁面)など、それぞれの構造部分の建築的輪郭に従属かつ制約される。たとえば、動植物をモチーフとする柱頭彫刻では、一対ずつ相称的に組み合わされて矩形(くけい)の枠内を満たし、テンパナムの場合は中心のキリスト像を大きく表現し、両わきの群像は徐々に小さくして空隙(くうげき)を残さないのが原則である。したがって、とくに人体像の表現では有機的形体を拒否して、円柱やアクロバットを思わせるデフォルマシオン(歪曲(わいきょく))を示すが、そのダイナミックな形体は、人間の宗教的情念を強く刺激することにもなった。

 フランスではオータンのサン・ラザール大聖堂、ベズレーのラ・マドレーヌ聖堂、あるいはモアサックのサン・ピエール修道院聖堂などに、その好例がみられる。ドイツでは、カロリング朝時代から伝統的に繁栄した金属工芸が中世を通じて発展し、その影響は北イタリアにまで及んでいる。なかでもヒルデスハイム大聖堂のブロンズ門扉を装う、旧・新約聖書伝を表した浮彫りが傑出している。北イタリアにおいてもロマネスク彫刻は隆盛をみせるが、モデナやパルマの大聖堂に制作された浮彫りや立像には、フランスからの影響が顕著である。また、ベローナのサン・ゼノ・マッジョーレ聖堂の木製門扉を覆う青銅パネルの浮彫りは、その様式がライン川流域の金属工芸に類似するところから、ドイツ由来のものと推定されている。

[濱谷勝也]

絵画

ロマネスクの聖堂建築は、窓が狭く壁面が広いため、カロリング朝時代から堂内は多彩に装われていた。シトー会の修道院では壁面の装飾を拒否する傾向もあったが、クリュニー修道院では内部の荘厳(しょうごん)に聖画像を用いることに積極的であった。クリュニー修道院が廃墟(はいきょ)となっている現在では、その往時の復原は不可能であるが、ポアチエに近いサン・サバン修道院聖堂には重要作品が残されており、この時代の主要な図像と配置がみられる。

 壁画の多くは消失したが、それを補って、ロマネスク絵画の図像体系を今日に伝えているのが写本のミニアチュールである。それらの大部分は修道院のスクリプトリウム(写本のアトリエ)で制作されたが、活字本が現れる前の全キリスト教世界に伝播(でんぱ)し、聖書、典礼書、祈祷(きとう)書などの挿絵として発達した。

 ステンドグラスは、その後ゴシック式聖堂のもっとも華麗な装飾美術として重要視されるが、この時代の後期に、すでに北フランスのサン・ドニやシャルトルで制作されていた。またエマイユ(七宝(しっぽう))は、フランスのリモージュ、ベルギーのモザン地方で発達し、聖櫃(せいひつ)、十字架など、聖堂内の貴重な装飾材料として用いられた。

[濱谷勝也]

『ランベール著、辻佐保子訳『ロマネスク美術』(1963・美術出版社)』『アンリ・フォション著、神沢栄三郎訳『ロマネスク』(1970・鹿島研究所出版会)』『柳宗玄編『大系世界の美術11 ロマネスク美術』(1972・学習研究社)』『G・ザーネッキ著、斎藤稔訳『西洋美術全史6 ロマネスク美術』(1979・グラフィック社)』『吉川逸治著『ロマネスク美術を求めて』(1979・美術出版社)』


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ロマネスク美術」の意味・わかりやすい解説

ロマネスク美術
ロマネスクびじゅつ
Romanesque art

オットー朝美術に続いて,11~12世紀のヨーロッパで建築に始り他の諸美術に及んだ新しい美術様式。建築に関しては,西ローマ滅亡以来,西方で絶えていた各種の穹窿,半円アーチなどを用いた石造大建築が復活した (第三クリュニー修道院聖堂,11~12世紀) 。ロマネスク (ローマ風の) という呼称はここに起因する。彫刻ではケルト,ゲルマンの伝統的抽象主義に基づいた激しい霊的表現が興ったが (ベズレーのサント・マドレーヌ聖堂の彫刻,1135~40) ,他方イタリア,南フランスなどでは,古代ローマや初期キリスト教美術の古代様式の復活がみられる。絵画ではフレスコ壁画が盛んとなり (サンタンジェロ・イン・フォルミス聖堂壁画,11世紀後半) ,ステンドグラスによる聖堂装飾もこの頃に始る。写本挿絵,各種工芸などにもすぐれたものが生れた (バイユー・タペストリー,11世紀) 。芸術活動の主導力は皇帝直属の工房から大修道院に移り,なかでもフランスのクリュニー,シトー,イタリアのモンテカシノなどのベネディクト修道会の活躍が目立つ。十字軍の東征を機としてのビザンチン美術の影響も見逃せない (→イタロ・ビザンチン様式 ) 。なおカロリング朝美術,オットー朝建築におけるロマネスク的要素をさして,前ロマネスク,初期ロマネスクと称することもある。

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