コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ベバリッジ Beveridge, Albert Jeremiah

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ベバリッジ
Beveridge, Albert Jeremiah

[生]1862.10.6. オハイオ,ハイランド
[没]1927.4.27. インディアナ,インディアナポリス
アメリカの政治家,歴史家。 1899~1911年イリノイ州選出の連邦上院議員。 12年 T.ルーズベルトと革新党を結成。 14,22年連邦上院議員に立候補したが落選。すぐれた歴史家でもあり,主著『ジョン・マーシャルの生涯』 The Life of John Marshall (1916~19) がある。

ベバリッジ
Beveridge, William Henry, 1st Baron; Beveridge of Tuggal

[生]1879.3.5. ラングプール
[没]1963.3.16. オックスフォード
インド生れのイギリスの法律学者,経済学者。オックスフォード大学卒業後弁護士となったが,1903年トインビー・ホールの副館長に就任して社会問題,失業問題の研究にたずさわるかたわら,『モーニング・ポスト』紙の論説を担当。 08年商務院に入り,国営保険の施行とそのための諸機構整備に尽力。 19年から 18年間ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの学長をつとめるとともに,政府の各種委員会に関係。 37年オックスフォード大学のユニバーシティ・カレッジ学寮長に選ばれ,42年社会保険の総合調整に関する委員会設置に伴い,その委員長としていわゆる「ベバリッジ報告」をとりまとめた。主著『失業問題』 Unemployment: A Problem of Industry (1909) ,『自由社会における完全雇用』 Full Employment in a Free Society (44) 。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ベバリッジ【William Henry Beveridge】

1879‐1963
イギリスの経済学者,社会政策学者。父の任地インドに生まれ,オックスフォード大学に学び,その法学講師となった。一時《モーニング・ポスト》紙論説委員。その後商務省入りをし失業問題を研究し,失業の原因が労働者個人にではなく労働力市場の不完全性にあることを実証した《失業論》(1909)を世に問い,職業紹介所の創設に参画(1908)した。第1次世界大戦中は軍需省や食糧省に勤務。新設のロンドン・スクール・オブ・エコノミックスの初代学長(1919‐37),オックスフォード大学のユニバーシティ・カレッジ学長(1937‐45)。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内のベバリッジの言及

【ベバリッジ報告】より

…イギリスで1941年6月に創設された〈社会保険および関連サービス各省連絡委員会〉(委員長W.H.ベバリッジ)が翌年11月に提出した報告書。ビバリッジ報告ともいう。…

※「ベバリッジ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

ベバリッジの関連キーワードウィリアム・ヘンリー ビバレッジウィリアム・ヘンリー ベバリッジ年金制度[イギリス]ナショナル・ミニマムシビル・ミニマム揺籃から墓場までビバリッジ報告ウィルソン逆所得税雇用政策社会保障社会扶助ラロック所得保障

今日のキーワード

だまし面接

企業が面談や懇談会と称して就職活動中の学生を呼び出し、実質的には学生を選考する偽装面接のこと。2016年卒業の大学生に対する選考活動の開始時期を、従来の4月1日から8月1日以降へと後ろ倒しする主旨の「...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android