ホーコン[7世](読み)ホーコン

百科事典マイペディアの解説

ホーコン[7世]【ホーコン】

ノルウェーイ国王。在位1905年−1957年。デンマーク皇太子フレゼリク(のちの8世)の息子カール。ノルウェーは長らくデンマークの属国的立場にあり,デンマーク王がノルウエー王を兼ねていたが,1814年にスウェーデンがデンマークにとって代わり,ノルウェーと〈同君連合〉を結ぶ。1905年6月7日ノルウェー国会は独立を宣言,11月にデンマーク王子カールがホーコン7世として独立ノルウェーの国王に迎えられた。1814年ノルウェーが独立を画策した際,カールの祖父クリスチャン9世がその実現に理解を示したことから,その孫カールに白羽の矢が立ったのである。カール王子は王位受諾の前に国民投票を望み,多数の賛同を得たのち即位した。第2次大戦初期の1940年4月9日,ドイツ軍がノルウェーに侵攻すると,ホーコン7世と政府大臣,国会議員らは中部ノルウェーに逃れた。ドイツ公使は降伏をすすめたが国王はこれを拒否し,6月7日閣僚らとともにロンドンに亡命。ヒトラーは国王廃位の決定を議会に強制したが,国王はこの決定も拒否して大戦終結までロンドンに留まった。国民はロンドンの亡命政府の指示によりドイツ占領下の5年間を戦い抜き,国王は国民の対ナチス抵抗運動の精神的支柱となった。
→関連項目オーラブ[5世]ノルウェー

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世界大百科事典 第2版の解説

ホーコン[7世]【Håkon VII】

1872‐1957
ノルウェー王。在位1905‐57年。デンマーク皇太子フレゼリク(のちの8世)の息子カールとして生まれるが,ノルウェーの独立に伴い,ホーコン7世としてノルウェー王に迎えられる。1940年4月9日ナチス・ドイツの電撃作戦を逃れて中部ノルウェーに脱出,6月7日閣僚とともにロンドンへ亡命(‐1945)。大戦中ノルウェー人の対ナチス抵抗運動の精神的支柱となった。【熊野

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