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ボボリ庭園 ボボリていえんGiardino di Boboli

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ボボリ庭園
ボボリていえん
Giardino di Boboli

イタリア中部,フィレンツェにあるメディチ家の邸館パラッツォ・ピッティに付属する庭園コジモ1世の夫人エレオノーラ・ダ・トレドより彫刻家ニッコロ・トリボロへ委嘱され,1550年に着工した。トリボロはまもなく没し,その後をバルトロメオ・アンマナーティなどが継いで工事にあたった。当初は館の背後の丘に向けてテラスを重ねる典型的なイタリア・ルネサンス式の庭園であった(→イタリア式庭園)。その後,17世紀に東の斜面に新しい軸線が加えられ,今日のような広大な庭園が完成。建築,彫刻,自然がみごとに調和しており,2013年「トスカナのメディチ家の別荘と庭園」として世界遺産の文化遺産に登録された。

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世界大百科事典 第2版の解説

ボボリていえん【ボボリ庭園 Giardino di Bòboli】

フィレンツェのパラッツォ・ピッティPalazzo Pittiに付属する庭園。16世紀半ば,このパラッツォ(館)がメディチ家のものとなったとき,コジモ1世の妃エレオノーラがトリボロ,アンマナーティらに命じて造らせた。その後ブオンタレンティらも協力したが,主庭園に広大な叢林(ボスコ)が付属する現在見るような庭のすがたが完成したのは17世紀に入ってのことである。フィレンツェの市街を望む高台に営まれたこの庭園は,パラッツォとともに,メディチ家のかずかずの華麗な祝宴の舞台となった。

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世界大百科事典内のボボリ庭園の言及

【ピッティ美術館】より

…ガレリア・パラティーナGalleria Palatina(王宮美術館)とも言われ,銀器美術館,近代美術館とともにパラッツォ・ピッティPalazzo Pitti内にあり,2階左半分(北部)を占める。このパラッツォは,15世紀後半にフィレンツェの富裕な商人であったピッティLuca Pittiの邸宅として着工,1549年にはメディチ家の手に渡り,以後メディチ家代々の邸館として増築が重ねられ,背後には広大なボボリ庭園も設けられた。1860年のイタリア王国の成立でサボイア家の所有に帰し,王宮となったが,1919年にビットリオ・エマヌエレ3世により国家に寄贈され,国立美術館として広く一般に公開されるに至った。…

※「ボボリ庭園」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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