ポプリコラ(その他表記)Publius Valerius Poplicola

改訂新版 世界大百科事典 「ポプリコラ」の意味・わかりやすい解説

ポプリコラ
Publius Valerius Poplicola
生没年:?-前504?

古代ローマの政治家。共和政が成立した前509年から,前506年を除き没年まで毎年コンスル(執政官)に就任し,民会上訴権を設定したり,元老院議員数をふやしたり,財務官職(クアエストル)を創設したりした。その親民衆的な政策によってポプリコラ(〈民衆の友〉の意)と称されたと伝えられる。実在の人物であることは確実視されるが,彼の国制改革に関する伝承は,後世の事実を彼に仮託したものと考えられる。
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関連語 平田

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ポプリコラ」の意味・わかりやすい解説

ポプリコラ
Poplicola(Publicola), Publius Valerius

前6~5世紀のローマ共和政設立者の一人。伝承では前 509年タルクイニウス・スペルブス王を追放し,ユニウス・ブルーツスとともに初代執政官 (コンスル ) となったとされる。そのほか,市民の控訴権を定めたり,元老院議員をふやしたり,財務官 (クアエストル ) 職を設置したなどの功績があるとされているが,事実ではない。

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