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ミッテルラント運河 ミッテルラントうんがMittellandkanal

世界大百科事典 第2版の解説

ミッテルラントうんが【ミッテルラント運河 Mittellandkanal】

ドイツ北西部にあるドルトムント・エムス運河のベルゲスヘベーデから,中東部のマクデブルクにいたる全長330kmの運河。この運河によってライン~エルベ間の航行が可能となる。ハノーファーのアンデルテンには,水位を15mせり上げるヨーロッパ有数の閘門があり,1000トンの船が航行可能。ライン,エルベ両河を連結する計画は19世紀半ばにたてられたが,ハノーファーまでは1916年,ローテンゼーまでは1938年に完成した。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ミッテルラント運河
みってるらんとうんが
Mittelland Kanal

ドイツの艀(はしけ)用内陸運河。ドイツ西部、オランダ国境に近いベフェルゲルン付近でドルトムント・エムス運河より分岐し、ミンデン付近でウェーザー川と立体交差、ハノーバー、ブラウンシュワイクを経て、マクデブルク北方でエルベ川に結ばれる。長さ325.7キロメートル。ハノーバーにある閘門(こうもん)は長さ225メートル、幅12メートル、深さ2メートルの容量をもつ。ドルトムント・エムス運河を通じてライン・ルール工業地域と結ばれ、エルベ川以東はエルベ・ハーフェル運河とハーフェル川によってベルリンに達し、さらにシュプレー川とオーデル・シュプレー運河を経てアイゼンヒュッテンシュタット付近でオーデル川とつながっている。第一次世界大戦中の1915年2月、ドルトムント・エムス運河とウェーザー川とを結ぶ区間が最初に開通し、翌年ハノーバーに延長された。第一次世界大戦後工事が再開されて、1933年ブラウンシュワイク、1938年にマクデブルクに達して全通した。北海またはバルト海に向かって北流する艀交通量の多い河川の中流部を東西方向に結んでいるため、ドイツの艀交通において重要な機能を果たしている。[青木栄一・青木 亮]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内のミッテルラント運河の言及

【運河】より

…水室を下降させるときには水室にわずかの水を加えればよく,上昇させるには水室の水をわずか減らせばよい。東ドイツと西ドイツを東西に貫通するミッテルラント運河がエルベ河岸のマクデブルクに分岐するところに設けられたローテンゼーリフトは落差19mの浮力式であり,1000トンのはしけを入れることができる水室をもっている。
[運河と自然環境]
 堰閘法などで水面を階段状にした運河では,水位が高められるため運河の周辺の低い土地では排水が困難になり,その対策として新しい排水路を造る必要が起こることがある。…

※「ミッテルラント運河」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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