ミリオケファロンの戦い(読み)ミリオケファロンのたたかい(その他表記)Battle of Myriokephalon

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ミリオケファロンの戦い」の意味・わかりやすい解説

ミリオケファロンの戦い
ミリオケファロンのたたかい
Battle of Myriokephalon

1176年9月小アジアスルタンルーム王国 (セルジューク・トルコ) のキリジ・アルスラーン2世とビザンチン皇帝マヌエル1世との間で行われた戦い。旧ビザンチン領の回復を目指し,小アジアのフリュギアに進軍したマヌエル1世は無理な戦いを挑み,ミリオケファロン (現トルコのアンカラ南方) で敗北。以後小アジアにおけるビザンチン帝国の影響は著しく減少した。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「ミリオケファロンの戦い」の解説

ミリオケファロンの戦い(ミリオケファロンのたたかい)
Myriokephalon

1176年にコンヤをめざして軍を進めたビザンツ皇帝マヌイル1世が,ミリオケファロン峠でルーム・セルジューク朝軍の急襲を受けて敗退した戦い。この敗戦ビザンツ帝国の小アジア回復の希望を失わせた。

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