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ムザッファル朝 ムザッファルちょうMuẓaffarids; Āl-i Muẓaffar

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ムザッファル朝
ムザッファルちょう
Muẓaffarids; Āl-i Muẓaffar

イラン南部を支配したアラブ・イラン系王朝 (1319~93) 。ムバーリズ・ウッディーン・ムハンマド Mubāriz al-Dīn Muḥammad b. Muẓaffar (在位 19~57) がイル・ハン,アブー・サイード (不賽因) からヤズドを与えられたのが始り。彼はその後ケルマーン,シーラーズ,イスファハンをも獲得。次のシャー・シュジャー (在位 57~84) のとき最盛期を迎え,その支配は一時アゼルバイジャンやイラク方面にも及んだ。彼の没後同朝は分裂し,1387年チムール (帖木児) の宗主権下に入り,シャー・マンスール (在位 87~93) による再統一もつかのま,93年チムールの攻撃を受けて滅びた。

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世界大百科事典 第2版の解説

ムザッファルちょう【ムザッファル朝 Muzaffar】

イラン南部を支配した王朝。1313‐93年。イル・ハーン国に仕えたアミール・ムザッファルAmīr Muzaffarの子,ムバーリズ・アッディーン・ムハンマドMubāriz al‐Dīn Muḥammad(在位1313‐57)に始まる。ムハンマドは最初イル・ハーンよりヤズドを与えられたが,やがてケルマーンを加え,次いでインジュー朝よりシーラーズおよびイスファハーンを奪った。その子シャー・シュジャーShāh Shujā‘(在位1357‐84)は父を盲目にして退位させ後を継いだが,アゼルバイジャンやイラク方面に領土を拡大して同朝の最盛期を現出させた。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

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