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ケルマーン ケルマーンKermān

5件 の用語解説(ケルマーンの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ケルマーン
ケルマーン
Kermān

イラン南東部,同名州の州都。不毛の丘陵群のふもとに広がる標高 1749mの砂礫性の平原に位置する。3世紀のササン朝の創始者アルダシール1世によって創建されたといわれる町で,10世紀にはこの地方の首都となった。

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デジタル大辞泉の解説

ケルマーン(Kermān)

イラン南東部の都市。ケルマーン州の州都。ルート砂漠の南西縁の高原地帯に位置する。ササン朝時代に建設。中世にはペルシア湾中央アジアを結ぶ交通の要地になった。18世紀末、カージャール朝アガー=ムハンマドにより、前王朝のザンド朝を支持した多くの住民が虐殺された。絨毯(じゅうたん)、ショールの産地として有名。

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百科事典マイペディアの解説

ケルマーン

イラン中部の都市。北西にカビール砂漠を控え,自動車や隊商ルートの要地。じゅうたんや綿紡績工業がある。耕地は灌漑(かんがい)され,穀物,綿花,デーツなどを産する。

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世界大百科事典 第2版の解説

ケルマーン【Kermān】

イラン中東部,カビール砂漠の南に位置する同名州の州都。人口35万(1994)。キルマーンともよばれ,同地方は古代にはカルマニアCarmaniaとよばれた。標高1749mにあって冬季には厳寒となり,市内各家の屋根には煙突が目立つ。また,春と秋には砂嵐が多い。産業は小麦を中心とする農業およびじゅうたん生産。近年同市近くのサレ・チェシュメに銅製錬工場が建設中であったが,約90%が完成した時点でイラン革命に遭遇した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ケルマーン
けるまーん
Kermn

イラン南東部の都市。ケルマーン州の州都。テヘランの南東約1100キロメートル、標高1749メートルの高原に位置し、北にルート砂漠を控える。人口38万4991(1996)。年降水量203ミリメートル。ペルシア湾のバンダル・アッバース港とホラサーン、テヘランを結ぶ交通の要地である。カーペットとショールの産地として有名である。古代にこの地方はカルマニアと称した。ササン朝のバフラーム5世の時代に軍事植民都市としてケルマーン市が建設され、同時に新田開発も進んだ。1794年トルコ系のカージャール朝の始祖アガー・ムハンマドが、この町の住民が前王朝ザンド朝にくみしたとして2万人を超える住民を虐殺したことで知られる。カージャール朝第2代のファタリー・シャーの時代に旧市の北西に新市がつくられ、知事ワキーロル・モルクのもとで繁栄した。ザンド朝の建造物が多く、町の中心にはワキール・バザールがある。ケルマーン市の南方180キロメートルに位置する都市バムBam(1996年人口約7万人)で、2003年12月26日マグニチュード6.3の地震が発生した。総死者数約3万人、負傷者約1万6000人、多くの建物が倒壊した。バム市北東の城塞(じょうさい)遺跡アルゲ・バムは、ほぼ全壊した。[岡正孝]

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