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ヨハネ騎士修道会 ヨハネきししゅうどうかいOrdo militiae St. Joannis Baptistae hospitalis Hierosolymitani

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ヨハネ騎士修道会
ヨハネきししゅうどうかい
Ordo militiae St. Joannis Baptistae hospitalis Hierosolymitani

カトリックの三大騎士修道会のうち最古のもの。ロドス騎士修道会とも,マルタ騎士修道会とも呼ばれる。 11世紀中頃巡礼者のための病院がエルサレムに建てられたのに始り,12世紀初頭には聖地への道筋にあたる南フランスやイタリアにも病院を建て,1113年教皇の庇護のもとにおかれた。その頃初めのベネディクト戒律に代りアウグスチヌスの戒律がとられた。十字軍戦士からの所領地寄進を受けて急速に大勢力となり,対イスラムの戦争遂行の主要な力となるとともに世俗化した。聖地での敗戦が決定的となった 1271年,キプロス島に退き,内部改革を断行。 1309~1522年の間ロードス島全体を掌中に収め,独立国として統治した。 15世紀末より無援の対トルコ戦を遂行したが,島を捨てて7年間の放浪ののち,1530年カルル5世よりマルタ島を与えられフランス革命までここに拠った。 65年にはトルコ軍の包囲を受け,攻防を展開,71年レパントの海戦で敵を破った英雄ラ・バレットにちなむ首都バレッタを建設。 1674年に解剖学校を創立し,その病院は全ヨーロッパに知られた。 1798年ナポレオンに占領され,1814年イギリス領となり,34年からは本部をローマにおいて,以後人道的活動のみを行なっている。 1957年に新しい会憲が定められた。マルタ島を失ってからも主権者とみなされ,パスポートを発行し,いくつかの国と儀礼的な外交関係をもっている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ヨハネ騎士修道会
よはねきししゅうどうかい

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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