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レギーン Legien, Carl

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

レギーン
Legien, Carl

[生]1861.12.1. マリエンブルク
[没]1920.12.16. ベルリン
ドイツの労働運動家。ベルリンで旋盤工となり,1885年社会民主党に入党後ハンブルクに移り,全ドイツ旋盤工組合を結成。 90年社会主義者鎮圧法の期限切れとともに,各地域組合を統合する全国的労働者組織の結成を企てたが,失敗。しかしその修正主義的・実際的立場は国際的評価を受け,1903年以降ベルリンに本部をおく国際労働者総同盟の書記局長となった。第1次世界大戦後も,8時間労働制や復員者の就労の実現に奔走し,カップ一揆の際にはそれに抗議するゼネストを組織するなど,全ドイツ労働組合の指導者として活躍した。

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世界大百科事典 第2版の解説

レギーン【Carl Legien】

1861‐1920
ドイツの労働組合指導者。1890年,自由労働組合の上部団体〈総委員会〉を創立し議長に就任。以来死ぬまで組合運動の頂点に君臨し,労働組合の中立化,中央集権化,産業別組合化を推進。社会民主党改良派に属し,第1次大戦中の城内平和政策や革命期の労使間の中央労働共同体協約により労働組合の地位向上を図る。1920年のカップ一揆に際してはゼネストを組織し,これを打倒したが,労働者政府構想は実現できなかった。【山本 秀行】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

レギーン
れぎーん
Carl Legien
(1861―1920)

ドイツの労働組合運動指導者。1885年、社会民主党に入党、翌1886年から労働組合活動に入った。1890年、社会民主党系の組合連合組織(自由労働組合)が成立すると、その総務委員会議長に就任。労働組合を拡大し、党と並ぶ労働運動の主柱へと発展させた。同時に労働組合を中心とする改良主義の指導者ともなり、社会民主党内の路線論争では、大衆行動派、急進派と対決した。第一次世界大戦下では積極的に戦時体制に協力、戦後の革命に際しては、経営者団体と中央労働協同体を結成し、労組の地位の承認、労働条件の改善と引き換えに、革命の進展を阻止した。1920年のカップ一揆(いっき)にはゼネストで対抗、反共和派のクーデター打倒を指導した。[木村靖二]

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世界大百科事典内のレギーンの言及

【ドイツ革命】より

…それまで第二帝制と敵対関係にあったドイツ社会民主党も,戦争予算に協賛し戦争体制の一翼を構成した。その重要な推進力となったのは,戦時のストライキ中止を打ち出したレギーンら労働組合指導部であった。しかし,ルール重工業界やユンカーなど第二帝制の支配層を中心に領土拡大の動きが高まる一方,戦争の長期化のもとで食糧不足とインフレが進むと,労働者の間に〈城内平和〉への不満がしだいに高まり,各地でストライキや婦人を中心とした食糧騒動が起きるようになった。…

※「レギーン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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