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ロイテンの戦い ロイテンのたたかいBattle of Leuthen

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ロイテンの戦い
ロイテンのたたかい
Battle of Leuthen

七年戦争中の戦闘の一つ。 1757年 12月5日,ブレスラウ西方のロイテンで,フリードリヒ2世 (大王) の率いる4万 3000人のプロシア軍がロートリンゲンカルルの率いる7万 2000人のオーストリア軍を破って大勝利を収めた戦い。側面攻撃法によって,少い兵力で優勢な敵を完敗させ,フリードリヒの軍事的才能をよく示した戦いとして名高い。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ロイテンの戦い
ろいてんのたたかい

七年戦争に際し、1757年プロイセン、オーストリア間に行われた戦い。プロイセンのフリードリヒ2世は同年4月一挙にプラハ攻略に出撃したが、オーストリア軍の抵抗にあって失敗し、ベーメンボヘミア)からザクセンシュレージエンに撤退した。ロートリンゲン公カール麾下(きか)のオーストリア軍の反撃に対し、11月ロスバハにおいてフランス・帝国諸侯連合軍を完敗させるや、ただちにフリードリヒ2世は軍をシュレージエンに向け、12月5日ブレスラウ(ブロツワフ)の南ロイテンLeuthenにおいて遭遇戦を試みた。劣勢にもかかわらず側面攻撃戦法が効を奏し、オーストリア軍6万5000のうち死傷、捕虜2万2000を超え、殲滅(せんめつ)的な打撃を与えた。[進藤牧郎]

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