一条小路(読み)いちじようこうじ

日本歴史地名大系 「一条小路」の解説

一条小路
いちじようこうじ

南北基幹街路の一つ。北に六方(ろつぽう)小路・御厩(おうまや)小路が接続した。道筋は明治時代の甲府連隊兵舎と陸軍病院建設のため大部分が失われたが、現在天神(てんじん)町の国立甲府病院の南北に一部が残る。名称は武田信玄の弟一条右衛門大夫信竜の屋敷に由来するといわれ、貞享三年(一六八六)の御直図(武田神社蔵)など近世期の絵図では、現北新(きたしん)一丁目の山梨大学付属中学校校舎の辺りに同氏の屋敷地を記す。天正一〇年(一五八二)三月三日に新府城(現韮崎市)を焼払って岩殿(いわとの)城(現大月市)に向かった武田勝頼一行は、途中一条氏の屋敷で休息をとり、一条小路から和田平(わだびら)町を経て落延びていったと伝えられる(甲陽軍鑑)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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