七瀬村(読み)ななせむら

日本歴史地名大系 「七瀬村」の解説

七瀬村
ななせむら

[現在地名]中野市大字七瀬

長丘ながおか丘陵の東側に南北に長く展開している集落で、西は丘陵林野であるがやや西に低い。東は荒井あらい吉田よしだ、南は片塩かたしお、北は田麦たむぎの各村である。

慶長七年(一六〇二)の川中島四郡検地打立之帳の村高は一七八石一斗六升七合、同九年の信州四郡草山年貢帳には草山五斗が松平孫三郎信直の知行とみえる。次いで元和七年(一六二一)福島正則検地では一七九石九斗七升四合と開発がわずかに進められている。

支配は上杉景勝の移封以後、関一政森忠政皆川広照―堀直寄―幕府領―福島正則―幕府領―松平忠倶―幕府領―青山幸侶―本多助芳―幕府領等の交代を経た。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む