日本歴史地名大系 「七美庄」の解説
七美庄
しつみのしよう
古代の七美郡七美郷(和名抄)の郷域に成立したと思われる庄園。庄域は現村岡町中央部、
文応元年(一二六〇)一二月日の七美庄名主職安堵状(妙心寺文書、以下断りのない限り同文書)に「七美庄」とみえ、当庄国正名の名主職が、本名主宝蓮入道の死去に伴って嫡孫の多紀末利に安堵されている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
古代の七美郡七美郷(和名抄)の郷域に成立したと思われる庄園。庄域は現村岡町中央部、
文応元年(一二六〇)一二月日の七美庄名主職安堵状(妙心寺文書、以下断りのない限り同文書)に「七美庄」とみえ、当庄国正名の名主職が、本名主宝蓮入道の死去に伴って嫡孫の多紀末利に安堵されている。
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