三アンリの戦い(読み)さんアンリのたたかい(その他表記)Guerre des trois-Henri

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「三アンリの戦い」の意味・わかりやすい解説

三アンリの戦い
さんアンリのたたかい
Guerre des trois-Henri

フランスのユグノー戦争の終幕段階 (1585~89) における3人のアンリを軸とする戦い。国王アンリ3世カトリック同盟の首領ギーズ公アンリ,およびプロテスタント派の指導者アンリ・ド・ナバールの3人の対立抗争を軸に局面が推移したのでこの名がある。アンリ3世に男子相続人がなく,アンリ・ド・ナバールが王位継承権を主張した。カトリック同盟はこれを認めず,ギーズ公はアンリ3世をパリから追放したが,王党によって暗殺され (88) ,次いで王もまたカトリック教徒によって暗殺されてバロア朝断絶。アンリ・ド・ナバールが即位してアンリ4世と称し,ブルボン朝が始った (89) 。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む