文書・図画(とが)を偽造,変造し,または偽造・変造の文書・図画を行使すること。刑法第17章(154~161条)に規定されている。偽造とは,狭義では,作成権限を有しない者がかってに他人の名義を使用して文書(図画を含む。以下原則として同様)を作成することをいい,文書の作成者と名義人が一致しない文書を不真正文書という。広義の偽造にはこの不真正文書を作成する有形偽造(すなわち狭義の偽造)と権限のある者が内容虚偽の文書を作成する無形偽造(虚偽文書作成)とが含まれる。文書偽造罪に関する立法主義として形式主義と実質主義があり,前者は原則として有形偽造を,後者は原則として無形偽造を処罰する。ドイツ法系が形式主義を採用しているのに対して,フランス法系は実質主義を採る。日本の刑法は形式主義を採用している。変造とは,無権限で他人名義の文書の本質的でない部分に変更を加えることである(ただし,156条にいう変造は,作成権限ある者が既成の文書に変更を加えて虚偽の内容にすることを意味する)。文書の偽造・変造は詐欺罪の手段としてなされる場合が多いが,詐欺罪とは別個独立の犯罪を構成する。なぜならば,詐欺罪が財産を保護の対象としているのに対して,文書偽造罪は文書に対する社会一般の信頼を保護するものだからである。
日本の刑法は文書偽造罪として,(1)詔書偽造罪(154条),(2)公文書偽造罪(155条),(3)私文書偽造罪(159条),(4)虚偽公文書作成罪(156条),(5)虚偽私文書作成罪(160条),(6)公正証書等不実記載罪(157条)を規定している。近時,電子的情報処理組織(コンピューター・システム)による情報処理の用に供される電磁的記録(7条の2)に対する社会一般の信頼も文書に対するそれと同じように保護されるべきであるとする要請が強くなったため,1987年に刑法の一部改正がなされた。それによって,公正証書原本等不実記載罪および不実記載公正証書原本行使罪の客体に〈公正証書の原本として用いられる電磁的記録〉が加えられ,また,電磁的記録不正作出罪(161条の2第1項)および不正電磁的記録供用罪(同条3項)が新設されている。
(1)は行使の目的で(a)御璽,国璽,御名を使用して詔書等の文書を偽造し,または(b)偽造した御璽,国璽,御名を使用して詔書等の文書を偽造する罪で,無期または3年以上の懲役に処せられる。御璽,国璽を押捺しまたは御名を署した詔書等の文書を変造した者も同様である。(2)は行使の目的で(a)公務所,公務員の印章・署名を使用して公務所,公務員の作るべき文書・図画を偽造し,または(b)偽造した公務所,公務員の印章・署名を使用して公務所,公務員の作るべき文書・図画を偽造する罪で,1年以上10年以下の懲役に処せられる。行使の目的で公務所,公務員の捺印,署名した文書・図画を変造した者も同様である。また,これらのほか,同じく行使の目的で公務所,公務員の作るべき文書・図画を偽造し,または公務所,公務員の作った文書・図画を変造した者は3年以下の懲役または20万円以下の罰金に処せられる。(3)は行使の目的で,(a)他人の印章・署名を使用して権利,義務または事実証明に関する文書・図画を偽造し,または(b)偽造した他人の印章・署名を使用して,権利,義務または事実証明に関する文書・図画を偽造する罪で,3ヵ月以上5年以下の懲役に処せられる。行使の目的で,他人が押印・署名した権利,義務または事実証明に関する文書・図画を変造した者も同様である。また,これらのほか,行使の目的で権利,義務または事実証明に関する文書・図画を偽造,変造した者は1年以下の懲役または10万円以下の罰金に処せられる。(1)(2)(3)は有形偽造,変造を内容とするものであり,いずれも行使の目的をもってなされることが要件となっている。したがって,教材として使用するため,またはその場限りのたわむれに文書を偽造,変造してもこれらの犯罪を構成しない。法定刑は(1)(2)(3)の順で重く,それぞれ印章・署名を使用した場合のほうがそうでない場合よりも重い。
これらに対して(4)および(5)は虚偽文書の作成(無形偽造,変造)が例外的に処罰されるものである。(4)は公務員がその職務に関して行使の目的をもって虚偽の文書・図画を作成,変造する罪であり(刑は印章・署名の有無に応じて,154,155条の規定による),(5)は医師が公務所に提出すべき診断書,検案書,死亡証書に虚偽の記載をする罪である(刑は3年以下の禁錮または30万円以下の罰金)。
また,特別法には私文書の虚偽記載を罰するものが少なくない(商法490条,破産法374,375条,所得税法242条等)。
(6)は無形偽造そのものを処罰するものではなくて,虚偽の申立てによって不実の記載をさせる行為を処罰するものである。すなわち,これは,公務員に対して虚偽の申立てをなし,権利,義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせた者は5年以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられる。また,同じく公務員に対して虚偽の申立てをなし,免状,鑑札,旅券に不実の記載をさせた者は1年以下の懲役または20万円以下の罰金となる。
なお,以上に述べた犯罪によって作られた偽造,変造あるいは虚偽の文書・図画を行使する行為は行使罪を構成し,それぞれの偽造罪等と同一の刑に処せられ,行使罪の未遂は処罪される(158,161条)。
執筆者:川端 博
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
文書を偽造・変造したり、虚偽文書を作成したり、これらの文書を行使する罪(刑法154条~161条)。文書は経済取引など社会生活において重要な機能を有するので、文書に対する社会的な信用を保護するのが本罪の目的である。現行刑法は文書を天皇文書、公文書、私文書に三分するとともに、行為の態様により法定刑に差を設けている。
[名和鐵郎]
文書とは、文字その他可読的符号を用いて物体上に記載された意思または観念の表示をいう。実定法上、文書(広義)には、文字など発音的符号を用いた文書(狭義)と、象形的符号を用いた図画(とが)とがある。文書には、音声自体を録音したレコード、録音テープなどは含まれないが、判例では、電磁的記録物である自動車登録ファイルも「公正証書」にあたると解されている。文書とは原本的なものであると解されてきたが、最近の複写技術の発達に伴い、写真コピーは単なる写しではなく、文書にあたると解する判例がある。
[名和鐵郎]
偽造には、理論的に、文書につき作成権限を有しない者がかってに他人名義の文書を作成する有形偽造と、作成権限を有する者が真実に反する内容の文書を作成する無形偽造とがある(前者を不真正文書の作成といい、後者を虚偽文書の作成ともいう)。現行刑法は、公務員または公務所が作成すべき公文書につき有形偽造と無形偽造を広く処罰しているが、私文書については原則として有形偽造だけを処罰している。なお、「偽造」と「変造」との区別は、前者が不真正文書を作成する場合であり、後者は真正文書の非本質的部分に変更を加える場合であるが、変造にも有形変造と無形変造の2種類がある。また、「行使」とは、不真正文書または虚偽文書を使用することをいう。
[名和鐵郎]
現行刑法には、公文書に関しては、詔書(天皇文書)偽造罪(154条。無期または3年以上の懲役)、公文書偽造罪(155条。有印公文書偽造・変造罪は1年以上10年以下の懲役、無印公文書偽造・変造罪は3年以下の懲役または20万円以下の罰金)、虚偽公文書作成罪(156条。154条および155条の法定刑に同じ)、公正証書等不実記載罪(157条。5年以下の懲役または50万円以下の罰金。ただし、免状、鑑札、旅券の場合は1年以下の懲役または20万円以下の罰金)、偽造公文書行使罪(158条。前4条の区別に従い同一の法定刑)がある。また、私文書に関しては、私文書偽造罪(159条。有印私文書偽造・変造罪は3月以上5年以下の懲役、無印私文書偽造・変造罪は1年以下または10万円以下の罰金)、虚偽私文書作成罪(160条。3年以下の禁錮または30万円以下の罰金)、偽造私文書行使罪(161条。前2条の区別に従い同一の法定刑)がある。さらに1987年(昭和62)の刑法一部改正によって、コンピュータ犯罪の一環として、刑法157条、158条のなかに、電磁的公正証書原本不実記録罪、不実記録電磁的公正証書原本供用罪が追加されるとともに、刑法161条の二として、電磁的記録不正作出及び供用罪が新設された。
[名和鐵郎]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…印章,署名の真正に対する公共の信用を保護するものであるが,印章や署名の偽造が独立して行われることはあまりなく,文書偽造の手段であることが多い。本罪は文書偽造罪の未遂犯としての性格を有し,順次両者が行われたときは文書偽造罪のみが成立する。【西田 典之】。…
※「文書偽造罪」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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