三割村(読み)みつわりむら

日本歴史地名大系 「三割村」の解説

三割村
みつわりむら

[現在地名]盛岡市三ッ割一―三丁目・山岸やまぎし六丁目・愛宕町あたごちよう名須川町なすかわちよう岩清水いわしみず・三ッ割・愛宕下あたごしたなど

盛岡城下北東に位置し、三ッ割とも記す。東顕とうけん寺の裏手に三ッ石とよばれる三つに割れた巨石があったので、往古この付近を三石野みついしの村とよんだが、のちに三ッ石神社の神号を避けてか三割村と改められたという(盛岡砂子)。当村および西の上田うえだ村には城下北側に隣接して北山きたやまの寺院街が形成されており、正保城下図(内閣文庫蔵)にも寺町とある。なお北山とは報恩ほうおん寺北裏から法泉ほうせん寺付近をさし、城下北側にある山の意に由来するらしい(内史略本「盛岡砂子」)。寛永一八年(一六四一)の検地高二七一石余(「検地高目録写」県立図書館蔵)正保国絵図に三割村、一四七石余とある。天和二年(一六八二)の惣御代官所中高村付に蔵入高三七九石余とあり、七ヵ年平均の免は三ツ九分八厘一毛。元禄十郡郷帳による〆高は田二五九石余・畑一一七石余、松栗雑木立山がある。「邦内郷村志」では蔵分六八石余・給分一三石余、家数二八、馬四九。

村内には多くの寺社があった。盛岡城の鬼門にあたる愛宕山(一九〇メートル)には寛永一五年に盛岡藩三代藩主南部重直が愛宕堂(愛宕神社)を造営して社領二〇〇石を寄進、同一二年の修復遷宮ともいう(盛岡砂子)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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