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三宅董庵 みやけ とうあん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

三宅董庵 みやけ-とうあん

1814-1859 江戸時代後期の医師。
文化11年4月23日生まれ。安芸(あき)広島藩家老上田家の侍医。嘉永(かえい)2年(1849)牛痘による種痘法を藩内に導入し,一時禁止されたが痘苗をまもる。安政4年漢方医が単純な腹部の病気とみたてたのを,子宮外妊娠とただしく診断し,洋学の優位をしめした。安政6年1月21日死去。46歳。名は春齢。字(あざな)は八千。著作に「補憾録」「宮外妊娠経験説」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

三宅董庵

没年:安政6.1.21(1859.2.23)
生年:文化11.4.23(1814.6.11)
江戸後期の蘭方医。名は 春齢,字は八千。董庵は号。広島藩家老上田家の侍医。嘉永2(1849)年蘭館医モーニケのもたらした牛痘を同年9月に入手,広島地方で初めて種痘施術した。禁制・迫害を受けつつも種苗培養し,その種痘者は1万人におよんだ。また安政4(1857)年の子宮外妊娠症例論争では,従来の医方に対して洋学の優位性を実証し,医療のみならず思想面でも革新的影響を与えた。<参考文献>芸備医学会『三宅董庵先生小伝』,広島県史『近世資料篇』Ⅵ,江川義雄『三宅春齢(董庵)の事績について』

(江川義雄)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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