三浦柳斎(読み)みうら りゅうさい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「三浦柳斎」の解説

三浦柳斎 みうら-りゅうさい

1822*-1897 幕末武士
文政4年12月25日生まれ。若狭(わかさ)(福井県)小浜(おばま)藩士京都所司代となった藩主酒井忠義(ただあき)を補佐,和宮降嫁などの公武合体策をすすめた。文久2年(1862)寺田屋事件の責により忠義が免職となると謹慎戊辰(ぼしん)戦争では岩倉具視(ともみ)に陳情して藩を新政府軍に帰属させた。明治30年12月15日死去。77歳。本姓は岡見。名は吉信通称七兵衛

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む