上三原田歌舞伎舞台(読み)かみみはらだかぶきぶたい

日本歴史地名大系 「上三原田歌舞伎舞台」の解説

上三原田歌舞伎舞台
かみみはらだかぶきぶたい

[現在地名]赤城村上三原田 北谷戸

文政二年(一八一九)高井たかい住の水車大工永井長治郎が考案建築したものと伝える。草葺屋根板壁造で一尺角の柱を四隅に配し、間口九・〇五メートル、奥行七・二四メートル。以前には舞台下手側に間口九・〇五メートル、奥行五・四三メートルの楽屋があったという。国指定重要有形民俗文化財。舞台構造上、(一)上演時左右の板壁を外に倒し舞台面積を拡大する龕灯返し、(二)奥壁を外に倒し、背景の奥行を深める遠見、(三)舞台中央の径六・九三メートルの回舞台とその回転機構、(四)回舞台中央に設けた、二重の小舞台を奈落と天井の間を上下させるせりの四機構が特色である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む