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地芝居

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

地芝居

江戸時代、大都市で栄えた歌舞伎地方に伝わり、土地の人たちが祭礼などで上演した。などによる規制にも芝居熱は衰えず、明治から昭和初期にかけても盛んだった。

(2011-10-22 朝日新聞 夕刊 1総合)

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デジタル大辞泉の解説

じ‐しばい〔ヂしばゐ〕【地芝居】

地狂言3」に同じ。 秋》

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とっさの日本語便利帳の解説

地芝居

農村歌舞伎、村芝居、地狂言などともいわれ、地方の人間が演じる芝居。山形の黒森歌舞伎、福島の檜枝岐歌舞伎など。金毘羅歌舞伎(香川)は日本最古の芝居小屋で、中央の役者が演じる。

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世界大百科事典 第2版の解説

じしばい【地芝居】

農村を中心に,その土地の人々の演ずる芝居(歌舞伎)。地狂言,村芝居ともいう。ただし,〈地狂言〉は歌舞伎の所作事(舞踊)に対する地芸(せりふによる演技),または素人の演ずる狂言を意味する場合と区別されねばならず,〈村芝居〉は職業的な旅回りの一座による芝居を指すこともある。こうした村芝居の興行を,地芝居に対して買芝居という。 地芝居の発祥はかなり古い。最も古い地芝居の記録で伝存するのは,岐阜県益田郡萩原町上呂の久津八幡宮に蔵される,1706年(宝永3)から1715年(正徳5)にいたる10年間の祭礼日記である。

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大辞林 第三版の解説

じしばい【地芝居】

地方の人たちがその土地の祭礼などに演じる素人芝居。地狂言。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

地芝居
じしばい

地狂言」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

地芝居
じしばい

地狂言あるいは草芝居、田舎(いなか)芝居ともいう。広義には村落における歌舞伎(かぶき)上演(村芝居)一般をさすが、狭義には、村芝居のなかでも専門の役者の来演を求めるのを買芝居もしくは請(うけ)芝居というのに対して、とくに素人(しろうと)の地元農民が演じる歌舞伎をいう場合が多い。江戸中期より明治中期にかけての長きにわたって村落芸能の中心を占め、先行の神楽(かぐら)や獅子舞(ししまい)などの芸態にも影響を与えたが、今日では黒森(山形県)、檜枝岐(ひのえまた)(福島県)、小豆(しょうど)島(香川県)などにわずかに郷土芸能として残存するにすぎない。
 中央の大都市で育成された歌舞伎は、ほぼ元禄(げんろく)期(1688~1704)を画期として、そのころ地方都市に生まれた歌舞伎芸団や、役者村とよばれた村々を拠点とする芸能者集団の巡業活動を通じて、地方農村に浸透した。当初これを受け止めたのは、城下町や在郷町の町人であり、その祭礼などに素人芝居として歌舞伎を上演する風を生じた。元禄期に始まる那須烏山(なすからすやま)市(栃木県)の「山揚げ」や、宝暦(ほうれき)期(1751~64)にさかのぼる長浜市(滋賀県)の「曳山(ひきやま)狂言」などが現存する例である。ほぼ同時期に一部の農村でその祭礼に農民による歌舞伎の上演がみられ、18世紀中期以降急速に全国に波及した。ことに盛んであった地域は北関東から中部地方、中国地方にかけての山間部であり、それらは養蚕製糸業に代表される農村産業が隆盛をみた地帯と重なり合っており、地芝居の流行がそうした経済的発展に支えられた現象であったことを示唆している。農村で演じられる歌舞伎は、村の氏神の祭礼に村落共同体の行事として開催され、雨乞(あまご)いや立願をはじめ伝統的な祭式習俗とも結合し、都市商業劇場とは違った地芝居独特の世界を形づくった。地芝居の成立が、当時農村で高まりつつあった都市的な娯楽への志向を基盤にしていたことは、その演目が都市の歌舞伎そのままであったこと、さらに衣装や大道具のはでな丸本狂言の時代物に人気が集中したことなどから推して疑うべくもないが、にもかかわらず形態のうえで著しく農村的、民俗的な色彩を帯びた表現をとったところに歴史的な性格が認められる。
 地芝居の盛行はやがて、そのための舞台(今日、農村歌舞伎舞台とよばれる)を生み出すことになったが、それも村の施設として祭礼の場である従来の神社建築(まれに寺院建築)の一部を改変することにより、しだいに歌舞伎の上演にふさわしい形式を整えたものであった。なお現在、農村歌舞伎舞台は東北地方から九州地方に及ぶ広い範囲に、現存・廃絶を含めて2000以上の所在地が確認されており、地芝居の盛行が全国的なものであったことをうかがわせるとともに、その大半の建築年代が化政(かせい)期(1804~30)から明治中期であること、かつ分布の濃厚な地域が関東・中部地方であることなど、いずれも地芝居の歴史的動向を忠実に反映している。
 こうした地芝居の流行は農村に奢侈(しゃし)的な風潮をもたらす結果となり、事実、多大な出費に耐えかねて夜逃げ同然に村を去った者もいた。したがって幕府・諸藩(のちには明治政府も)は勧農政策の一環としてしばしば地芝居を禁制の対象とし、おびただしい禁令が出された。多くは名目的なものであったが、幕政改革の際などには厳格に実施され、実際に処罰を受けた事例もあって、そのため「かくれ芝居」といった非合法の上演も少なくなかった。地芝居の盛行は明治に入ってもなお持続したが、もともと娯楽性の強い芸能であっただけに、活動写真(映画)など新しい娯楽の出現とともに使命を終えて衰退した。農村娯楽の不足した第二次世界大戦後一時的に復活した所もあったが、その後の急激な都市化と娯楽の多様化の進行で、現在ではほぼ消滅したものとみてよい。[守屋 毅]

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