上杉持朝(読み)うえすぎ もちとも

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「上杉持朝」の解説

上杉持朝 うえすぎ-もちとも

1418-1467 室町時代の武将。
応永25年生まれ。扇谷(おうぎがやつ)上杉家6代。永享の乱では上杉憲実側に属し,鎌倉公方(くぼう)足利持氏を攻める。享徳4年関東管領についた上杉房顕をたて,武蔵(むさし)分倍河原(東京都)で公方足利成氏(しげうじ)(持氏の子)とたたかい敗北。長禄(ちょうろく)元年武蔵河越(埼玉県)に城をきずき,成氏と対峙(たいじ)した。応仁(おうにん)元年9月6日死去。50歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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