上杉綱憲(読み)うえすぎ つなのり

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「上杉綱憲」の解説

上杉綱憲 うえすぎ-つなのり

1663-1704 江戸時代前期の大名
寛文3年10月28日生まれ。吉良上野介義央(きら-こうずけのすけ-よしなか)の長男。伯父上杉綱勝(つなかつ)の急死により改易の危機にあった上杉家の家督相続をゆるされ,寛文4年出羽(でわ)米沢藩(山形県)藩主上杉家4代。15万石に半減。吉良邸に討ち入りした赤穂浪士を討とうとしたが老中にとめられた。宝永元年6月2日死去。42歳。幼名は三郎。初名は景倫(かげとも)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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